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満たされている「はず、なのに」。
自分一人では気づくことができなくなっている状況の、サインだ。
願いが叶う、すぐ傍で。
2022年の夏以降の僕は、大きな大きな願いのかけらを担いで生きていた。理想的な暮らしへとたどり着けるチケットを3枚手に入れて、意気揚々と歩み始めた新生活。
輝かしい光に満ち溢れた質感から一転、僕は泥を舐めていた。
子ども。コーチ。ベンチャー勤め。
ずっと欲しかった「僕の新しい家族」、「天職」、「素晴らしい仲間」。
経済的にも安定し、家も広い。子育ては両親や妹がサポートしてくれる。
会いたい人に会いたい時に会えるわけではなくなってしまったけれど、それでもチャンスは取り戻されていく。
僕が叶えたかった暮らしを、手にした。
はず、だった。
この暮らしを支えていくだけのキャパシティが、僕にはなかった。
続けていけるだけの持続可能な構造ではなかったのだ。
美味しい料理を好きなだけ更に乗せたビュッフェで、全部平らげようとしたらお腹が破裂した。
うわごとのように繰り返す「幸せなハズ、なのに。」
心身共に、極まっていた夏。
ケイさんとのセッションで僕は、何度も何度もケイさんに、「それはまーさんの声じゃないよ!まーさんは何を願っているの?」の問を繰り返されていた。
「妻がいて、子がいて、お金の心配もなく安心して暮らせていて幸せなはず…なのに」
「コーチングスキルが飛躍的に高まって、新しいクライアントさんにも選んで頂けて、勢いに乗っていていい調子のはず…なのに」
「魅力的なメンバーに恵まれて、僕のビジョンと大きく重なる仲間たちと、過去の自分を救うことに挑戦できてやりがいに溢れているはず…なのに」
願いと繋がった、恵まれた環境。
僕は状況ばかりを語っていた。
「それはまーさんの声じゃないよ!」
ねばりづよく、「僕本体」と話をしたがってくれたケイさんの呼びかけは、水底に沈んでいた僕へとようやく届き始めたのだった。
「ただ、柳のように揺れていたい。一人で森に居たい。」
全部投げ出して、ただただ休みたかった。
時計をはじめとした人工物も概念もなくした場所で、そこに在ることを味わいたかった。
でも。だけど。だって。
何度セッションを受けても出てくるのは、「日がな一日お日様を眺めていたい」とか「ただゆったりと妻と子どもと夕食を食べたい」といった光景だった。
「それ、もう持ってるだろ?今すぐできるだろ?」
そんな声も聞こえてくる。それでも、僕がその光景を味わうには、なかなか至らなかったのだ。「僕本体」の願いを叶えてやるに、至らなかった。
そんな暮らしの果てに、僕は倒れた。
せっかく手をかけた願いたち
どれひとつ、手放すことが、できなかった。
完全に手放さないにしても、ゆるめることが、できなかった。
どれも「叶う」ことに手がかかっていたから。
「叶えてしまう」「叶えるまで踏ん張り続ける」ことから目をそらすことができなかった。
眼を逸らした先で、ぼろ雑巾のようになった僕の身心が、声にならない掠れた叫び声をもらしていても、僕の耳には届かなかった。
僕は僕を、見てあげられなくなっていたのだ。
窓からゴールが目の前に見えるリアル脱出ゲームのような
本当は行き止まり。ニアミスして悔しがらせるためのトラップ。
それでも、「あと一歩手を伸ばせば」「窓からとびおりれば」願いが叶う。そんな風に、心が向かってしまうような光景。
来た道を戻らなければ、荷物を手放さなければ、道を選ば直さなければゴールに到達できない。そのことがわからなかったし、そうわかったところで、それを選ぶことは容易なことではなかった。
だから、身体さんは強制的に僕を倒すことを決意した。めまいに倒れた。
そんな狂おしい、妨害者の存在
今思うと、僕の前に妨害者として立ち表れていたのは「在り方」くん、というサブパーソナリティだったのだと思う。
僕が「願いを指針に生きる」ことを選び、僕を僕の願いが叶う場所まで引っ張り続けてきてくれた、頼れる相棒だ。
彼が居なければ、僕はこんなに熱量溢れる人生を生きることはなかった。
そんな彼がいつのまにか、魔王のような顔をして僕の前にたちはだかっていた。
仲間として苦楽をともにしてきた、冒険の立役者。お前がラスボスなのかよ!!という感じだ。すぐ傍にいたじゃねーか。
寝首をかかれたまーのパーティご一行は、全滅した。
そう、選ばざるを得ない舞台装置が整うまで
立ちはだかる「在り方」くんを、説得する術を持たなかった。
強制退場させられるしかなかった。
タイムアップでゲームオーバーになるのを待つしかなかった。
でも、一旦物語は区切りを迎えた。
「そのルートを選ばざるを得ない」環境が、整ってしまっていた。
僕は少しずつ僕の両手に抱え込んだ願いを手放し、空いた両手で子どもを抱きしめることができるようになった。
一番大切な願いは、これだったじゃないか。
そう気づき、肚落ちするまでに、何ヶ月もかかってしまった。
「願い」の孕む、光と影
強烈な高揚感、幸福な時間、充足感溢れる暮らし。
願いに沿って生きて味わってきた光の人生は、僕をとても満ち溢れた気持ちにしてくれた。
他方で、光が強ければ強いほど大きくなった影が、突然に僕を包み込んだ。
願いに絞め殺されそうになった。
いいとかわるいとかではなくて、そんな現象に、立ち会ってきたのだった。
そんな体験がリソースになったと実感した今日
ここまで語ってきた事柄は、先ほどセッションをしていて、僕の中に溢れてきた僕の物語だ。生々しい、現在進行形の人生体験だ。
クライアントさんの口から出てくる声ではなく、命がドンドンと叩く「生きたい」願いに耳を澄ませる。
大きくて強大な「願い」の化身が、妨害者として立ちはだかる姿に相対する。
臆さずに。
今日はそんな時間を過ごさせて頂いて、自身の成長を実感したのだった。
自分の人生で、泥を舐めながら生きてきた酸鼻極まる暮らしが、僕と同じような隘路に迷い込んだ目の前のお相手に向き合う光明となった感覚だ。
コーチって、生きるって、奥深いねぇ。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
どこか「仕方ない」と自分の生を諦めていた僕が、人生を取り戻したのは、自分の願いを知り、これを指針に生きることを選び、行動を重ねてくることができたからだなと実感します。
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