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「和文英訳演習室」に挑戦 2024年9月号

はじめに

 毎月、演習室に投稿した訳文について、どんなことをかんがえながら訳したかのメモをまとめて記事にしてきましたが、今回からすこしだけレイアウトや趣向をかえていきます。
 演習室に投稿されている常連組の方々にはもちろん、参加していない方々にも読みやすい内容にできたらなぁとおもっています。過去にとりあえず訳文だけ貼りつけて放置しているような記事も、折をみてすこしずつ加筆修正していく予定です。

 「そもそも演習室ってなに?」という方は↓の記事をご覧ください。




今回提出した訳文

    People are unable to live without the minimum necessary energy. The energy absorbed enables the basic chemical processes in the body to function, making the heart and lungs work, and the temperature stable. This is called the Basal Metabolic Rate (BMR). Within the BMR―about 2,000 kcal per day for an adult―one can digest all meals and burn them up as fuel, without gaining weight.
    Weight gain occurs, however, once the daily dietary intake exceeds the BMR. The origin of this problem dates back about 7 million years, when the first human ancestors appeared. Since human beings' birth, remarkably, they have largely been living in a starved state. In fact, even if they managed to obtain food, it was quite uncertain when they would find necessary resources again. This hardship has continued until the present day.
    As a result, humans have acquired an adaptive body. In other words, the human body stores excess energy, fortunately provided one ingests calories above the BMR.

課題文:福岡伸一(2009)『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』木楽舎, pp. 92-93
出題者:遠田和子先生・岩渕デボラ先生


全体の感想など

 今回の課題文は、生物学者の福岡伸一先生の文章からの抜粋でした。むかし『生物と無生物のあいだ』が一躍ベストセラーになり、テレビでもたまにお見かけいたしますね。

現在は小学館新書のほうで新版がでているようです。

 英訳するにあたっては特にセンテンス同士のつながり、パラグラフ構成としてのまとまりを意識するようにしました。そのためもとの課題文の日本語からはなれているようにみえるところもあります。むしろイイタイコトにちかづいているはずですが、そのあたりがどう評価されるのかが気になるところです。


第1段落

 課題文の第1段落では、代謝についての基礎知識が紹介されています。

1-1人間には、生きていくうえでどうしても必要なエネルギーというものがある。 1-2心臓と肺を動かし、体温を維持し、基本的な代謝を円滑に動かすための熱量で、これを基礎代謝量と呼ぶ。 1-3成人で一日あたりおよそ2,000キロカロリー。 1-4この範囲の熱量ならば、どれほど食べてもすべて燃やされてエネルギーとして消費されるので、体重は増えない。


1-1

人間には、生きていくうえでどうしても必要なエネルギーというものがある。 

 「Nがある」=There is Nとしがちですが、つかいどころをあやまると水っぽくなるので、できればSVOかSVCのカタチで表現にしたいです。ふつうはThere is NのN、つまり「エネルギー」を主語にするところですが、今回は「人間」のほうを主語にしてみます。1-2以降エネルギーの話が展開していくので、トピックを人間にして、コメント(新情報)をエネルギーにしたほうがつながりがよくなりそうです。
 トピックとコメントについては、石井洋佑先生の『15の論理展開パターンで攻略する英文ライティング』p.48を参照。

 「人間」を主語にして「人間は必要最小限のエネルギーなしで生きられない」という意味の英文にしました。なお、現代的なプレーンなスタイルの英語では否定形は避けるべきとされているので「生きることはできない」はcan't liveではなくbe unable to liveをつかっています。

People are unable to live without the minimum necessary energy.

 

1-2

心臓と肺を動かし、体温を維持し、基本的な代謝を円滑に動かすための熱量で、これを基礎代謝量と呼ぶ。

 主語が省略されていますが、1-1にある「(生きていくうえでどうしても必要な)エネルギー」が主語ですね。この主語にたいする述語は「基本的な代謝を円滑に動かす」にして、「心臓と肺を動かし、体温を維持し」のほうは分詞構文にして文末にくっつけます(ちなみに肺は、eyesとおなじように通例lungsと複数形でするんですね)。

 ところで、「基礎的な代謝」は直訳するとbasic metabolismとなるとおもいますが、このあとにでてくる「基礎代謝量」の訳語Basal Metabolic Rateと中途半端に似すぎててややこしい気がします。
 ロングマンによるとmetabolismの定義は、
"the chemical processes by which food is changed into energy in your body"
 ということなので、これを参考に「基礎的な代謝」はthe basic chemical processes in the bodyとしました。

 文末の「これを基礎代謝量と呼ぶ」はカンマ+前文の内容をうけるwhichを主語にした関係代名詞節をつなげて表現できそうですが、英文が長くなってしまうので独立した文に切りはなします。遠田和子先生の『究極の英語ライティング』によると、1文が30語を超えると黄信号とのことです(p.117)。

The energy absorbed enables the basic chemical processes in the body to function, making the heart and lungs work, and the temperature stable. This is called the Basal Metabolic Rate (BMR).


1-3、1-4

成人で一日あたりおよそ2,000キロカロリー。この範囲の熱量ならば、どれほど食べてもすべて燃やされてエネルギーとして消費されるので、体重は増えない。

 「成人で一日あたりおよそ2,000キロカロリー」という体言止めの日本語をそのまま直訳して、そのまま独立した一文にするにはどうもおさまりが悪い気がします。前の1-2の末尾に補足情報としてダッシュでつなげたり、次の1-4に組み込みこんだり、構成を変えたほうがいいんじゃないでしょうか。ここでは1-4の一部として組み込みます。
 ここは出題者の採点ポイントのひとつになっているような気がします。

 1-1でもふれたプレーンなスタイルの英語では、受動態も避けるべきとされています。「燃やされて」「消費される」あたりはそのまま訳そうとすると受動態になりそうです。one(人)という動作主を主語にして、能動態で表現します。
 「体重が増えない」もnotをつかわずにwithout doingで表現しています。

Within the BMR―about 2,000 kcal per day for an adult―one can digest all meals and burn them up as fuel, without gaining weight.


第2段落

 代謝について第1段落よりふみこんだ進化史的な話が展開していきます。

2-1問題は、基礎代謝量以上のエネルギーを摂取した場合である。 2-2ヒトの祖先がこの地球上に出現してからおよそ700万年が経過したが、実はその大半を飢餓状態で過ごしてきた。


2-1

問題は、基礎代謝量以上のエネルギーを摂取した場合である。

 「問題は〜」とあると「The problem is that〜」が頭にうかびます。しかし、ここで「基礎代謝以上のエネルギー摂取をすることは問題である」とかいてしまうと、2-2以降で具体的にどこがどう問題なのか言及されないため違和感がでてきます。
 この文は「基礎代謝以上のエネルギーを摂取したら、前述の1-3、1-4のようにはならない(体重は増える)」というようなことがいいたいはずです。そして、2-2以降はそのような仕組みができあがった原因・理由について展開していきます。

 1-4の文末にwithout gaining weight(体重は増えずに)をおいたので、そのすぐあとの2-1の文頭にWeight gain occurs(体重増加が起こる)をもってきて対比させます。さらにhowever(ところが)をおくことで対比をより強調させます。

 「基礎代謝以上のエネルギーを摂取した場合」という条件はonce(いったん〜すると)をつかってみます。「基礎代謝以上のエネルギーを摂取」はより具体的に「1日の食事摂取量が基礎代謝量を超える」とかんがえました。 

Weight gain occurs, however, once the daily dietary intake exceeds the BMR.


2-2

ヒトの祖先がこの地球上に出現してからおよそ700万年が経過したが、実はその大半を飢餓状態で過ごしてきた。

 4-1までよめば、あぁそういう話かとわかりますが、2-12-2のあいだだけみると話題が飛躍しています。この2-2の前半部分を「2-1みたいな問題の原因は、700万年前の人類誕生の時代にまでさかのぼる。そのとき以来……」というふうにもっていけたらうまくつながりそうです。
 辞書でしらべていたらdate back to 時代(時代にさかのぼる)という表現をみつけたのでこれをつかいます。

 「実は」というと「in fact」がおもいうかびますが、この「実は」は「なんと」とか「驚いたことに」にちかい意味でかかれているとおもいます。

The origin of this problem dates back about 7 million years, when the first human ancestors appeared. Since human beings' birth, remarkably, they have largely been living in a starved state.


第3段落

 課題文ではここで改行され第3段落になっていますが、特に話題はきりかわっていないので、じぶんの訳文ではここも第2パラグラフにふくめています。日本語の形式段落と英語のパラグラフは別物とかんがえて、英語らしいスタイルの訳文をめざしたいところです。

3-1やっと食物にありついたとしても、次にいつ必要量のエネルギー源が見つかるかは保証の限りではない。 3-2そういう状況が700万年ほど続いたのである。


3-1

やっと食物にありついたとしても、次にいつ必要量のエネルギー源が見つかるかは保証の限りではない。

 この3-1は、2-2にでてきた「飢餓状態」の説明や言い換えにあたるとおもいます。ここでこそin factの出番じゃないでしょうか。

 「必要量のエネルギー」はここではnecessary resources(必要な資源)としています。ここ以外でも課題文には何度も「エネルギー」という単語ができてます。英語ではできるだけ同じ語を繰り返すのをさけるべきと色んな本にかかれているので、文脈におうじてできるだけちがう単語におきかえるようにしています。

 1-4「…燃やされてエネルギーとして…」→burn them up as fuel
 2-1「…基礎代謝量以上のエネルギーを摂取…」→the daily dietary intake exceeds the BMR
 4-2「…基礎代謝量以上のエネルギーを摂取…」→ingests calories avobe the BMR

In fact, even if they managed to obtain food, it was quite uncertain when they would find necessary resources again.


3-2

そういう状況が700万年ほど続いたのである。

 これは素直に訳せば、This situation (has) continued for about 7 million years.となるでしょう。

 ただ、about 7 million yearsは2-2でもつかっているので、そのままくりかえすと冗長な感じがします。ここはuntil the present day(現代まで)にいいかえました。ここでは「700万年」という具体的な年数そのものが重要なのではなく、「人類誕生から現代」に至るまでおなじ状況がつづいたことがイイタイはずです。これでより具体的になったはずです。

 また、「そういう状況」についても、This situationだとすこしあいまいな気がします。「苦境」や「難局」をあらわす英単語にしたほうが、より具体的になるでしょう。

This hardship has continued until the present day.


第4段落

 課題文ではここが最終段落。ここも内容的に第2パラグラフにふくめてしまってもいいかもしれません。ただ、英文のパラグラフ構成として2つで終わらせるとおさまりが悪い気がするので、この最終段落を第3パラグラフにしました。

4-1ヒトの身体が、それに対応したのは当然と言わねばならない。 4-2すなわち、幸運にして基礎代謝量以上のエネルギーを摂取できた場合は、それをできるだけたくさん取り込み、貯蓄するように身体の仕組みを整えたのだ。


4-1

ヒトの身体が、それに対応したのは当然と言わねばならない。

 「対応」というのはつまり、厳しい環境に「適応」したということでしょう。この4-1を「ヒトは適応した体を獲得した」という英文にすると、つぎの4-2ではその身体の仕組みについてくわしく説明されるので、つながりがスムーズになりそうです。

 生物が環境におうじて変化させた性質や特徴のことを「適応形質(adaptive trait)」というらしいので、adaptiveをつかってみます。

 「〜のは当然と言わねばならない」は律儀に訳すと、I have to say that it is natural 〜みたいな感じになるかなとおもいますが、冗長ですし、あまり重要にはおもえないのでカットします。
 かわりに「結果として」「このようにして」という意味の副詞などをおいたほうがうまくまとまるでしょう。

As a result, humans have acquired an adaptive body.


4-2

すなわち、幸運にして基礎代謝量以上のエネルギーを摂取できた場合は、それをできるだけたくさん取り込み、貯蓄するように身体の仕組みを整えたのだ。

 「身体の仕組みを整えた」の部分はすでに4-1でhave acquired an adaptive bodyとかいているのでくりかえしません。「すなわち」をIn other wordsとして、4-1でかいたan adaptive bodyについて具体的に説明します。

 「〜した場合」という条件は、ここではprovidedをつかいました。
 「できるだけたくさん取り込み、貯蓄する」の部分は、はじめstores as much energy as possibleというふうにかいていましたが、下のようにstores excess energyとしました。「基礎代謝量を超えたエネルギーを摂取したら、超過したエネルギーを蓄える」ということです。

 もとの日本語からはすこしはなれているかもしれませんが、全体の流れからもイイタイコトは英訳できているはずです。

In other words, the human body stores excess energy, fortunately provided one ingests calories above the BMR.


訳文検討会

※後日追記予定


成績・講評

※10月中旬頃発表予定

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