あなたが心から願っている世界を、思う存分に言葉にして綴るとしたら…? 〜ZaPass アドベンドカレンダー 2023〜
こんにちは。
私がお世話になっているコーチングスクール ZaPASS の1年を締めくくるアドベントクエスチョンという企画に参加させていただくことになり、本記事はそのお題(問い)に答えるアンサーnoteです。
今年の9月にZaPass 14期生としてコーチングを学び始め、初めての参加となります。
■アドベントカレンダーのnote
たけサンタさんからいただいた問いは、「あなたが心から願っている世界を、思う存分に言葉にして綴るとしたら...?」
私が夢見る世界を思いのまま自由に書いてしまうには誰かに聞いてもらう必要があったので、思いのままに書き切ってみます!!
ちょっと背景…
私は現在、医師3年目を迎えています。
バブルが崩壊し切った後に生を受け、「失った30年」と呼ばれている時代を最初から生きているようです。確かに子供の頃からの感覚として、日本に住んでいると社会が悪くなっていくニュースばかりでした。子供であるがゆえに社会にも出れず、ただ周りが悪くなっていくことを受け入れるだけしかないのかと、悔しかったりしたこともありました。
この頃、私は失ったものを取り戻すという一つの方向のみが日本を良くする方法だと思っていたと思います。自分たちが他国に負けない良い生活をすること。
改めて、とてもとても狭い世界に生きていたんだなぁ。
思えば、私の人生はいわゆる勝ち組というものだったと思います。
私立の中学に通わせてもらい、高校ではスポーツで成績を残し、大学は医学部に入ることができました。自分の努力もありますが、それは努力する環境を与えてもらったからでした。
そして医学部に入り、世のため人のためになることを本気で考え始めました。そうすると、今までの世界では見えてこなかったものがたくさん目に入ってきたのです。
障害を抱えながら懸命に生きている人。独居で身寄りもない、金銭的にも苦しい状況だが慎ましく生きている人。自分自身も高齢だが、さらに高齢の親を介護しながらギリギリの生活を保つ人。
医者になるとさらにリアルな現場に遭遇します。
シングルマザーで発達障害を持つ3人の子供を一生懸命育てていて、自分自身の健康は蔑ろになってしまっている人。重度の病気を抱えているにも関わらず、仕事を休むと日々の生活が保てないため、重症化したときだけ救急に運ばれてしまう人。一世代で財を築き上げたが、人徳虚しく最期は誰にもお見舞いに来てもらえることなく病院で亡くなっていく人。性的マイノリティへの理解が乏しい環境で、差別に苦しむ人。
病院にたどり着くことさえできずに、人知れず終わることもあります。
私が今まで接することのなかった状況にいる人々は世の中にたくさんいて、それでも生きて社会を形成していました。
世界は広かった。
小さい頃に考えた、私が思う「良い日本」は、私にとって良い日本だったと思い知らされました。
本日は医療が必要になってしまう社会的な原因についてだったり、そのような方々にどう医療を届けるのかといった話はしません。
これらの経験から考えてみたいのは、幸せについて、です。
不幸そうに見える面だけを切り取ってみましたが、全てが不幸なのでしょうか。むしろ、何も不自由を感じていない人よりも、実ははるかに幸せを感じている場合があります。苦しい状況でも幸せな顔をする人もいれば、恵まれている状況でも不幸な顔をする人がいます
幸せとはなにか。
医者として多くの人生と死に触れて、失われる時代の日本に生かされた私が、心から願う世界を綴っていきます。
最初に断っておきますが、実現可能性は何一つ考えていない、ただただ理想の世界です。
〜 あなたが心から願っている世界を、思う存分に言葉にして綴るとしたら...? 〜
①貧困による格差の是正
②資本主義の価値観からの脱却
本人の望む望まないに関わらず、努力のいかんに関わらず、貧困は自身の生活を脅かします。必要最低限の経済的余裕がなければ、「なにもないけど幸せ」に悟る人は一握りです。どう足掻いたって抜け出せないような状況は、つくってはいけないと思います。
人は生存競争によって進化をしてきたため、競争に打ち勝つことを目指すようにできているために、他人との比較で優位に立てる「地位財」を目指してしまうは仕方のないことでもあります。しかし、生活をしていく以上、必要最低限な収入は必要だが、一定の金額を境にその幸せ度は変わらないといわれているように、ある程度までは地位財を目指し、それ以降は非地位財を目指すことが幸せになる秘訣かもしれないと考えています。
際限のない人の欲は、本当に幸せになるために必要な欲なのか。欲が欲を産むサイクルに囚われていないのか。自分の心の底からの本当の願いはなんなのか。地位財を追い求め続けることが経済格差を生み出しているのであれば、欲と願いの違いに気づき、非地位財を求める方向に動くことが個人だけでなく社会全体においても求められていると感じるのです。
世界は今、技術革新が恐ろしいスピードで起きています。一人一人が心身ともに健康な状態で、差別もなく、自尊心を損なうことなく、安心して生活できる基盤を持てるように、価値観の変革がおきた世界を願っています。
③教育、芸術、健康の充実
現在の日本の教育において、端的に感じることは社会の歯車として有用な人間を量産するという姿勢です。子供達がそれぞれ自分の興味関心・得意・好みに従って夢を持ち突き進むことは一部の限られた人にしか許されていないように思います。基本的な生活スキルを身につけ、学問の必要性・楽しさを伝えつつ、一人一人に自らの可能性を伸ばすような教育が行われること、そしてその先の未来を追い求める自由があると社会はより豊かになるのではないでしょうか。教育は社会のニーズによって規定されるものであり、今後どのような社会を目指すのかを我々が強く認識することで徐々に変わっていくものでもあります。①と②の達成をもって価値観が変化した先に、教育が充実することで、一人一人が、生活に不安を感じることなく、自身のもっとも得意で好きな分野で楽しく社会に影響を与えるようになってほしいと思いました。
また、芸術にも触れてみます。AIが発達し、あらゆる機能が最適化され効率的に動くようになった社会において、人間は今まで触れる時間が限られていた「心」に多くの時間を費やせます。人が人の心に触れ、そこに生まれる様々な感情・魂を大きく揺り動かすものはやはり芸術だと思うのです。その表現には様々な形がありますが、芸術を介した魂のやりとりは人間にしか生み出せない価値であり、その喜びを十分に受け取れる世界であってほしいです。
健康にも新しい価値が必要と考えます。1947年にWHOは「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱 の存在しないことではない」と定義しました。1998年には「spiritual(霊的)とdynamic(動的)」を加えた新しい健康の定義が検討されましたが、これは見送られています。
長寿を極めた日本で今起きている問題は、「死をまだ受け入れられないがもうすぐ死ぬかもしれない、日々体が衰えていくのがその恐怖を強くする。という状態が長く続いている。。。」となんとも皮肉な状態です。世界はいずれ、日本で起きているこの問題に直面すると考えられます。spritual / dynamicな健康の喪失はまさに今存在しており、死の恐怖に囚われずに生きるためにはどうすればよいのかを考える必要があります。
④自分自身を認め、愛し、納得して生きること。
⑤愛を持った繋がりがあり、自分自身の存在を外からも認められているという感覚を持てること。
生きている人、死を迎える人、多くの人生に向き合って、私はこの④・⑤こそが大事なのではと感じるようになりました。どんな境遇になっても、「今ここ」を生きる自分自身の価値を自分が認めてあげることができているか。これまでの人生を振り返り、恨みたいことも後悔することもあるが、それも引っくるめて全て愛してあげられることができているか。この感覚があるかないかは非常に大きいと思います。
また、たとえ自分自身を簡単に承認できなかったとしても、自分という存在が他者に認められていると心から思うことができるか。心理的な孤独を癒してくれる存在が、現実世界にも死後の世界にもいるのか。世界に自分が受け入れられたという実感があると、それだけで人は生きる気力が湧き、死に怯えなくなるようにも感じます。「今ここ」を受け入れ、自分を愛し、他者を認め、大切な人と繋がり、看取り看取られていく。大きな苦痛を伴うことなくそうやって人生をまっとうしていくのが普通である世の中を見たいと願っています。
⑥今を生きる人も、将来100年以上先の孫ひ孫の代も、自己実現できる持続可能な社会
⑦地球を愛し共存する世界
社会の調整において、今のようなステークホルダーがお互いの利益調整を重ねて小さな変動を起こしているだけでは、旧態依然の体制を前提とした微調整だけに終わってしまうと聞きます。各自が大局観をもって目指すべき社会の価値を考え、相談し合うこと。今までのような「調整」に終わらず、本当の意味で良い社会を作り将来に残そうという動きがでること。それが活発になり、少しずつ世の中が変わっていってほしいです。今を生きる人も、将来100年以上先の孫ひ孫の代までも、貧困・差別に苦しむことがなく、自身の可能性を最大限に伸ばし人生を楽しみ、心と魂を豊かに成熟させ、不必要な苦しみは感じずに、自分も他者も愛することができ、死への恐怖を克服して穏やかに最後を迎えられる。そして、そのような人生を送ることができるこの世界に感謝し、地球を大切にしていつまでもこの土地が豊かに存在し続けられるように祈ることができる。
このような世界を、今、私は願っています。
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アドベントカレンダーでこのような問いをいただいたことに感謝しています。
私自身の経験や、そこから振り返ったことを少しずつ思い出して、思いのままに一気に書き切ってみました。本当に2時間半ほどでバーっと綴ったので、ものすごく読みにくいのではないかと思います。ここまで読んでくれてありがとうございました。
私自身はいま、家庭医専門医を目指して医師のキャリアを歩み始めたばかりのまだまだ若造です。
なぜ私が家庭医を目指しているのかは、このような世界が見たいからだと、振り返って納得しました。コーチングの学びが、この世界の実現にも絶対に役に立つと思います。ZaPass 14期生で、Step up 講座が来年から始まりますが頑張っていきます!!