映画版沈黙の艦隊感想(⚠ネタバレ注意)
Amazonスタジオ制作、配給は東宝が行う史上初の劇場用映画「沈黙の艦隊(原作者・かわぐちかいじ先生)」が全国放映を開始しました。
この作品を愛読し、憧れてきたというファンも多いようで、劇場にはたくさんのお客さんが詰めかけていました。
かくいう私もその一人で、中学時代から書籍版をむさぼるように読んだものです。
いつか実写化してくれたら、という願いは年を経るごとに強くなり、ついに映像化の報を手にした時は、思わず天に感謝しました。
以下、ネタバレありきの感想を書きます。ネタバレが嫌だという方は、ここから先に目を通さないことを推奨します。
沈黙の艦隊
沈黙の艦隊は1988年〜96年に連載された、かわぐちかいじ先生の代表作です。
日本の近海で、海上自衛隊の潜水艦が、アメリカの原子力潜水艦に衝突し、艦長の海江田四郎(大沢たかお)を含む76名の搭乗員が死亡するという事故が発生します。
しかしそれは、日米が極秘に開発した高性能原子力潜水艦の乗組員にするべく、意図的に引き起こした事故だったのです。
その新潜水艦「シーバット」に乗り込んだ海江田艦長は、極秘に核ミサイルを積載し、突如逃亡。
海江田艦長を国家元首とする戦闘独立国家「やまと」を全世界へ宣言。
「やまと」撃沈を図るアメリカ。アメリカよりも先に「やまと」を捕獲しようとする日本。その急先鋒に抜擢されたのが、海江田艦長の同期(映画版では後輩)の深町洋(玉木宏)率いる海上自衛隊ディーゼル潜水艦「たつなみ」でした。
「やまと」は大義なのか反逆なのか、世界は様々な思惑に飲み込まれ、混乱の渦に飲み込まれていきます。
本作はこの「やまと」と、それを追う日米の潜水艦たちとの戦いを描いた、バトル漫画形式になっている点が大きな特徴です。
核戦争や国際政治など、当時の世界情勢を踏まえつつ、スピーディかつリアルなバトル描写を描くことで、緊張感あふれる展開となっています。
特に核兵器に関する描写は細かく、またリアルに描写されていて、核兵器に関心を持つ方ならおのずとこの作品に共感を覚えることでしょう。
核兵器の脅威のみならず、それなくして世界秩序を保てない現実が描かれるため、この作品に一種の救いを感じている方は多いと思われます。
私も原作の核兵器描写は、単なる漫画作品としての側面だけではなく、核兵器の落としどころを模索した結果だと、かわぐちかいじ先生の講演会に参加して思いました。
映画版ではその答えを見つけることができたのか否かが気になるところでした。
結論から言いますと、この映画はとても良くできた作品だと思いました。
原作の時代設定は冷戦末期でしたが、映画版の時代設定は現在であり、今後起こりうるかもしれない世界になっているのが観る側に緊張感を与えます。
アメリカの思惑、日本の思惑が入り乱れ、ついに核戦争に繋がりかねない事態に陥るも、報道規制により国民にはその事実が知らされないまま、平和な日常が保たれる。
今現在、私達が生きる日本も同じ状況になっており、この危うい平和のありがたみが身につまされる思いでした。
男性キャラから女性キャラへの変更
またキャラクターやストーリーも原作に忠実でありつつ、現代版にアップグレードされているのが好印象です。原作では男性キャラクターのみでしたが、映画版では女性キャラクターも登場します。その描き方も上手く、かわぐちかいじ先生が求めるリアリティを感じました。
リアリティというのは、原作では男性だった曽根崎防衛大臣(夏川結衣)が、映画では女性が演じる事で、いまだ日本社会に蔓延する女性差別への風刺を効かせている辺りが素晴らしいと思いました。目に見える差別ではなく、目に見えにくい差別、つまりは無意識の差別にフォーカスしているので、よりメッセージ性が高く感じました。
これは主人公海江田四郎が映画の冒頭で「人はなぜ争うのか」と視聴者へ問いかけるシーンにも通じるものに思えました。
以前かわぐちかいじ先生の講演会にて、漫画で描かれた世界のベースは、現実の世界であると仰られていました。映画にも反映されているのなら、争いの根源の一つには差別があり、それは日常にある様々なものに潜んでいるという事かと思います。
しかし曽根崎防衛大臣とは対照的に、深町の右腕である速水副長(水川あさみ)は差別に晒されることなく、深町と共に任務を遂行します。また速水副長以外にも、「たつなみ」には数多くの女性キャラクターが登場しましたが、作中では誰一人として差別される描写はなく、活躍していました。
それは、本作が現実を生きる現代人へ向けて描かれたメッセージ性を帯びているからではないかと思っています。
差別の根絶は難しいけれど、互いを尊重し合い、互いに支え合う事は可能なのだというメッセージを本作から受け取りました。
オリジナルキャラクター
また原作には登場しないオリジナルキャラクターが数人登場します。
私はオリジナルキャラクターを取り入れた小説を書いており、差別や偏見を持たれる事が多々ありました。
本作でのオリジナルキャラクターは、そうした差別や偏見に晒されている人達を励ますような、また原作を違う目線で描く味わい深さがありました。
優雅で慎重な海江田と豪快で大胆な深町、対照的な二人の関係性をさらに掘り下げ、人間ドラマにもフォーカスしたのは、入江兄弟(中村倫也、福岡広大)というオリジナルキャラクターが登場してくれたおかげだったと思います。 原作深町と海江田の間には絶対的な絆がありましたが、入江兄弟によって、その結びつきは危ういものがあり、その危うさが大きな緊張感を生んでいたように感じました。
オリジナルキャラクターは恋愛(恋愛も素晴らしいですが!)のみと勘違いされやすいですが、原作キャラクターの人間性をより深く描いたり、さらには原作の魅力的な世界観を補完する役割も果たします。
本作で登場した報道キャスターの市谷裕美(上戸彩)は、そうしたオリジナルキャラクターの代表格だと感じました。
彼女が報道キャスターとして、自分の足で動き、肌で感じた事を視聴者へダイレクトに伝えてくれました。
海原内閣官房長官の秘書・船尾亮子(岡本多緒)も、本作のオリジナルキャラクターでありますが、彼女の立ち位置は大変興味深かったです。
入江兄弟、市谷報道キャスター、船尾秘書官、海江田と深町の根深い関係性、これは原作にはなかった新しい試みであり、その出来栄えの良さは素晴らしいものと感じました。
海江田四郎
映画版の海江田四郎についてですが、簡潔にまとめる事ができないほど、原作そのものの海江田四郎であり、今現在を生きる海江田四郎でした。
核兵器という鎖に繋がれた世界、東西間の分断、権力の腐敗といった社会問題を、海江田四郎の視点で演じるのは、かなり難易度の高いものだと思います。
それでも海江田四郎を演じきった葛大沢たかお氏の役者魂に感嘆を隠せません。
賛否はあるかもしれませんが、私は実写化された海江田四郎を目にした時、本物の海江田艦長に会えたと心躍りました。
子供の私が夢見た艦長の姿が、今現実のものとして目の前にあり、大人の私に語りかけ、鼓舞してくれている。そんな感動がありました。
余談ではありますが、15歳の私は受験勉強ストレスから学校へ行けない時がありました。そんな時に出会ったのが沈黙の艦隊であり、海江田四郎です。命を懸けて自由を求め奔走する海江田四郎の姿に、私は大いに勇気づけられたことを覚えています。そんな思い出のある作品の世界観に身を置いている時間がとても楽しく嬉しかったです。
彼の勇敢さに呼応するように、不登校児から学生に元通りした私ですが、大人になってからは挫折の連続です。最近も様々な事に悩み鬱々としていましたが、あの時に抱いた感動を胸に、海江田四郎の姿を思い出しながら、また新たな人生へ一歩を踏み出したいと思いました。
最後に
深町艦長についても(他のキャラクターも)たくさん語りたい事がありますが、最後に一つだけ。
本作の深町艦長は、私が想像していた深町像とはまったく異なりました。それは私自身の原作読解力の低さに起因しているのはもちろんのことですが、原作のような豪快で大胆な深町艦長とは少し違う、悩みや葛藤、逡巡を抱えながらも毅然と前へ進もうとする、一人の人間としての深町艦長の姿を拝見できた気がしました。
それもこれも原作が素晴らしいおかげであり、この映画と巡り会えたことは人生の宝物である事は変わらないです。
また実写版で登場するキャラクターの生き様には、心熱くなりました。彼らの生き様も大変素晴らしく、本作でも充分見応えがあり見続けられるほどなのですが、続編を期待していいエンディングだったと解釈して良いでしょうか?!?!
そうならぜひとも期待したいです!!!!!
お願いします!!!!!!
お願いします!!!!!!!!!!
と、荒ぶりました。
海江田四郎が提示した世界平和という理想論は、現実にはなかなか難しいものであります。
しかしこの作品から我々が学ぶべきなのは、理想に向かってもがく人間の真摯さなのかもしれないと思います。