#君に届かない
「君に届かない~、この気持ち~、届けたい~ でも~♪」
流行りの歌謡曲が流れている店内。ここは、新橋の居酒屋だ。
「でも~♪ じゃないと思うんですよね。」
今日は、卒業後5年ぶりに、元・P大学歌謡曲研究会のメンバーが集まって、飲んでいるのだが……。
「おい、牧田。でも~♪ じゃないって、どういう意味だよ。」
元部長の香田が聞く。他のメンバーたちは、
「また始まるか? 歌謡曲評論が!」
と、にやにやしながら見ている。
牧田が言う。
「歌謡曲評論じゃないです。届ける、となったら届けるんですよ。『届けたい』とか、『届かない』とか、ましてや『でも~』なんて、不安定な要素は必要ない! 届けると決めたら、届けるんです!」
「ああ、牧田はシロネコヤマトの宅配便に勤めたんだったな。」
元部長が、助け船を出す。
「そうです!雨が降ろうが雪が降ろうが、指定された時間帯に届けきる。
それが、シロネコマンの誇りです。だから、こういう歌、嫌いなんですよね~。」
すると、その後ろで飲んでいた蛯野が、牧田の肩をたたいて言いだした。
「そうだ! 牧田! よく言った! 『君に届け~』とかいう曲も、オレは嫌いだね! 自分で届けきる、努力をしろよと言いたくなる! オレらはさ、お客様の健康を肩に背負っているわけ! 届けきるのが、オレらのプライドよ!」
いや、そんなに大そうなものを、背負ってはいないだろ、とその場の人間は思ったが、口にしなかった。
「ああ、蛯野はヤク〇トで配達やってるんだったな。」
「そうっす! アスリートも飲んでる××××菌が~、力を~、届けて~。むにゃむにゃ。」
みんな、いい感じでお酒が入ってきている。そろそろお開きかな? と元部長が思ったとき、
「待ってください!」
と言いだす男がいた。トップホストにのし上がった、森屋である。
「これらは、恋する思いを届けるとか届かないという曲ですよ? そういう皆さんは、そんな気持ちを、届けられているんですか?」
牧田「一気に届けきりにいきます! ちょうどいい時間を見計らって! 届かないですけど。」
蝦野「すぐに届けにいきますよ、体の調子はどう? とか聞きながら。届かないですけど。」
元部長の顔がぱあーっと明るくなる。
「おお。お前たちも彼女いないのか。オレも彼女いない歴=年齢だからなあ。」
と、つい香田部長が、先走って衝撃の事実をしゃべってしまった!
シーンと静まり返る店内。びっくりした顔で、3人プラス他のメンバーが、元部長を見る。なぜか、ほかの客たちも注目している。
牧田「彼女は、いますよ。」
蛯野「ぼくもです。」
森屋「当然、います。それも複数人。」
びっくりする、香田部長。
「な、なんで? 届かないと言っていたから……。」
牧田「自分からはうまくいかないけど、女性から想いを届けられることは、けっこうありますね。」
蛯野「たまに、ツーランホームラン並みの女の子から、思いを届けられることもあります。今の彼女です。」
気まずくなる店内。
何か動かなくてはと、牧田、蛯田が動く――。
牧田「元部長はその……、思いを届けたことはあるんですか?」
元部長「ないねえ。」
蛯田「想いを、届けられたことは……。」
元部長「いや、まったく。」
まずい。完全に、裏目に出た――。
元部長はもう、涙目だ。
森屋「元部長……。なんだか恥をかかせたみたいで、すみません。ぼく、ぼく、そんなつもりじゃ……。」
香田部長「いいんだよ、森屋。……お前の思いだけは届いたから。」
森屋の向こう側では、
「元部長が、彼女いない歴=年齢?」
「気持ち悪うい。」
「白馬に乗った王女様を待ってる系?」
と、元部長のイメージがガラガラと崩壊していた。
よろしくお願いいたします!