永久欠番のあなたへ2
その2。書いちゃいました。
トントントントン。
小気味よいトンカチの音が響いてくる。
ここは、機械も使うけど、なるべく昔のやり方にこだわった、地球にやさしい今どきの大工の会社だ。
仕事中、親方かこんなことを言い始めた。
「そういえば、野球に、永久欠番ってあるよな。」
「はい、あります。親方」
「むかし、この浅草界隈の、大工業界にもあったのよ。」
「ええ? そうなんですか?」
「おう、たまに、思わず、カンナを落としちまうような、すごい家を建てるやつがいてな。三津五郎っつうから、35を永久欠番にしたのよ。」
「……? 永久欠番にする意味って、何かあります?」
親方はがっはっはと笑って言う。
「なーんもねえよ。なかなかいいもん作ったな、っていう、単なる遊びだったんだ。
今後、他のもんは三津五郎を名乗るなよと。
でも。」
「でも?」
「今になって、『ここは永久欠番、8が作った家』、『永久欠番、3が作った屋敷』って、値打ちが上がっているそうだぜ。」
「へえ~。」
「日本好きの外国人が高値で買い占めてるって話も聞くなあ。がっはっはっ。」
若い衆たちは、目を輝かせた。
「永久欠番の人って、どんな人だったのかな」
「永久欠番の職人なんて憧れるなあ。」
「日本の匠、とかに選ばれそう!」
夢に燃える若い衆たち。だが、親方が言う。
「へ? お前らは無理だよ?」
「ええっ! なぜですか! 腕では負けないつもりです!」
と、今度はいきりたち始めた。
「そうじゃないよ。」
と、親方。
「だってさ、お前ら、カッチカチの日本人なのに、名前は舞音留(まいねる)、お前は欄手威(らんでぃ)、お前に至っては芽瑠背出須(めるせです)だろ?」
親方がゲラゲラ笑う。
「前から我慢してたんだけど、メルセデスが作った日本家屋って何なんだよ~。ひゃっひゃっひゃっ! みんな、改名してこないと無理だな。」
芽瑠背出須(メルセデス)は、このとき、生まれて初めて、父と母、そして自分の名前を呪った。
「当時は、八、さぶちゃん、重兵衛なんかが作ってた時代よ。おまえさんたちのように、当時の若者も改名をし始めて……。今、空いているのは五七二番以降くらいだったかなあ。」
五七二~? 若い衆たちが驚く。
五七二を使って名前にするのも、楽じゃない。
オーソドックスに五七二郎か?
「そうそう、そのうち、名作と呼ばれるものをつくれたのはせいぜい三津五郎くらいまで。その後は、たいしたことないって見抜かれちまったのさ。その後もすごいやつは、いたんだけどね。」
三人は顔を見合わせる。
「だから、やめとけやめとけ。永久欠番を目指すなんて。」
「舞音留(まいねる)が作る『今どき寝殿造り』とか欄手威(らんでぃ)が作る『オール電化の合掌造り』とか、芽瑠背出須(メルセデス)の茶室』とかな。ひゃっひゃっひゃっ。あえてのー、茶室よ~。自分の名前を前に出していった方が、いいんじゃないかい?」
三人「へい! 自分たちの名前と、作るもの、考えてみます!」
親方「そうそう。永久欠番なんて、過去の遺物だ。今はもうON時代じゃねえ! 自分たちの腕と企画で、いいもん作って身を立てろい!」
若い衆「へい!」
注1:ON時代。巨人の王と長嶋のNでON時代とよばれた時期があった。王、長嶋時代。巨人の1番(王)、3番(長嶋)は永久欠番。
注2:浅草の大工界隈で永久欠番があったこと、それに関するすべては創作。
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