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流れ星を拾ったら⑤

カズさんのレクチャーを受けながらマンションを見て回った僕が自分の部屋へ戻ったのは午前11時過ぎだった。

やれやれ、とベッドに横になろうとしたら見知らぬ猫がこちらを見ているので腰を抜かしそうになった。そうだ、ここは猫がベランダ伝いにやってきて部屋にいることも珍しくないってさっき聞いたところだった。

でも、猫が寄り付かない部屋もあるらしい。カズさんの部屋には猫が来ないのだそうだ。何となく、そんな気もしないでもない。

さて、マンション内のネット掲示板に猫と自分の自己紹介をしなければならない。提出期限は今夜9時まで。まるで仕事だ。

「締め切りは守ってくださいね。約束を守れない人に猫の命は託せないと僕たちは思っています。」

カズさんの声からは本気が伝わって来た。もちろん、早めに提出しますとも。まだ猫の名前が決まっていないけど。

マンションにいる猫の名前と被らないように、と思っていたけれど、テルじいと若いテルさん、って感じて呼び分けるってこともできるわけだから、あんまり考えなくてもよかったかな。

僕は掲示板を見ながら、美しき侵入者である大型猫の名前を探した。

あ、これだな。へえ、メインクーンっていう種類の猫なんだね。体も大きいし気品がある。名前はソクラテスか。

そっと手を伸ばして撫でようとすると、ソクラテスはさっと僕の手を避けて大きな尻尾を優雅に振って、部屋から出て行ってしまった。まぁ猫だからな、気まぐれなんだろう。
ソクラテスが丸くなっていた場所で、いつの間にかうちの猫が丸くなっていた。

「さて、君の名前は何にしようか。」

僕はネットではやりの猫の名前を検索し始めた。自分のネーミングセンスは全く自信がないから、リサーチすることにした。

猫の名前と言われたら、タマくらいしか思いつかないので。

「変な名前を付けられたらいやだろう。マンションの猫はずいぶんカッコいい名前が多いぞ。星の名前が多いのかな。黒猫のアルタイル、三毛猫のベガ。シャム猫のシリウスに白猫のコメット。あ、カズさんの猫はチンチラゴールデンだ。きれいな猫だな。名前はドラコーか。カッコ良すぎる。他にはアビシニアンのルソー。ラグドールのカント。」

住人の名前と猫の名前を覚えるのにどれくらいかかるかな。会話をすればなんとか記憶できそうだけど、猫はどうかな。見分けがつく自信がなかった。

「そうだ。ルネはどうかな。われ思う、ゆえにわれありのルネ・デカルトからルネでどうだ?他に女の子によさそうな名前はなかなか見つからないぞ。」

ベッドの上の猫はチラリかどちらを向いて、尻尾でパタン!と布団を叩いた。オッケーという意味だと勝手に解釈することにした。
「ルネ、よろしくな。猫社会のことは任せたぞ。上手くやれよ。人間の方は僕に任せて。」

僕はさっそく掲示板に書き込み始めた。
明日は月曜日。天気は雨。あ、在宅勤務申請出すのを忘れた。

僕は一気に気分が落ちた。
うちのリーダーは特に月曜日は機嫌が悪い。申請の出し忘れは人間失格くらいの勢いでキツくて長い説教を聞く羽目になる。

腹減ったな。昼飯を作ろう。先にメールだけ送っておいて誤ればいいさ。うるさく言われたってどうせ電話だ。忘れた僕も悪いんだし、仕方ない。

続く。

流れ星を拾ったら① 流れ星は青い卵
流れ星を拾ったら② 引っ越そうと決意
流れ星を拾ったら③ 猫と引っ越し
流れ星を拾ったら④ 猫専用マンションへようこそ
流れ星を拾ったら⑤ 猫の名前はルネ
流れ星を拾ったら⑥ 僕の特技は速読

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