コロナがくれた整理の時間と決意。
馬鹿みたいに時間があった大学を卒業し、怒涛のような1年が過ぎました。
気づけば社会人2年目。日々わたわた時間が過ぎるのは変わりはありませんが、立ち止まって考える時間が与えられました。今の私はどんな人で、どこに向かっているのだろう。
簡単なプロフィールはこんな感じです。
・1996年生まれ。23歳。
・ICU卒
「他者理解こそが世界平和に繋がる!」とか思って人類学を専攻。
・旅行会社(OTA)勤務
知らないものを知るきっかけを作りたい、とか思って就職。
仕事を始めてなんだか普通のことが出来ない壁にぶつかっている2年目営業マン。
基本的には「これ!」と思ったことに突き進んできました。また、そこに対する探究心や行動力はすごくてそこは自分でも思ういいところ。
でも、いざ手に入ると熱が冷めてしまう熱しやすく冷めやすいタイプです。ゆえに気づいてしまいました。私には出来ることが何もない。手に入れるまではある程度の要領と気合いでたどり着くけど、いざここからが惰性で生きてしまっていた。だから得意なこともとびきり好きなことも、秀でた能力やスキルも何もない...。
これから転職や起業、何をするにしても一定ある程度の能力が必要かと思います。また、人生を豊かにしたいと思ったとき、その人が学んできたことがその人生を彩どり、深みを与えると思います。
そうなると、このままいくと私の人生はこのまま薄っぺらいものになってしまう。じゃあ努力しましょう!なんて言うのは簡単だけど明日からそれが出来たら今の私にはなっていない。
しかし、努力が全くできないというわけではないのに...と思っていたところあることに気づきました!手に入れるまでの気合いと要領のよさがあるのであればずっと手にしたいものの対極にいればいいのではなかろうか。永遠にあれが欲しいと渇望し続ける環境に身をおけば努力を努力と思わずに突き進めるのではないか。
今私は愛する人たちとの時間と自己実現のための力が欲しい。当初はそのために今の会社を選んだ。私が獲得しようとしないだけで今の会社には十分すぎるくらいそのための機会と恵まれた環境がある。でもそれだから甘えてしまう。だって機会としては(実際に挑戦してるか別にして)もう手にしてしまっているから。私のようなタイプはそういう機会から自分で作らない限り結局努力しない。
心が動きつつある。「世の中が不安定だとリスクのある選択をしたがる」と友人が言っていた。確かにそうかもしれない。でもちょっと自分を信じたい。一回今の生活を捨てて、自分が頑張らないと成長の機会もないような環境に身を置いてみたい。
よし、移住しよう。