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Fortunate fall
忍び寄る虎は、獲物が気づかぬうちに驚くほど距離を詰めていて、いきなり目の前に現れる。
だから虎に遭遇した場合は、空腹ではないことを祈るしかないという話を聞いたことがある。
――私の場合は、もう手遅れだ。
襲うと言ってもごく甘く、喰らうと言ってもひどく優しく、それでも残酷なほど私を魅了するあなたに。
出逢ってしまえば、私たちはもう恋に落ちるだけ。
あなたを想うことはこんなに苦しくて、こんなに滑稽で、こんなにかなしい。
あなたを愛しているかぎり、きっとこの哀しみが消えることはないんだ。
でもあなたはいてくれる。哀しみよりずっとそばに。
そして私も、胸を貫く哀しみよりずっと強く、あなたを愛しているから。
あなたを愛しいと想う限り、この哀しみすら私には愛おしい。
どうしてこんなにあなたを好きなのか、自分でもよくわからない。
あなたなんかぜんぜんヒーローじゃないのに。
あなたを想うことで私は私にしか味わえない感情を知る。私だけに固有のその感情のあるせいでまわりの人達とは違うものになり、孤独になる。孤独はこの輪郭を濃くして私はどんどん他の誰でもない私に――「都」になっていく。そしてその私にはどんどんあなたが必要になる。あなたに逢って私になっていく私は既に、再びどうしようもなくあなたを想う。
この連鎖を、人はつまり恋と名づけたのだ。