平凡な日常から、王手をかけられた日常へ
有希は夕食を食べている最中、トイレに駆け込んで勢いよく嘔吐した。ワンルームのアパート内で食卓とトイレの距離はたったの数歩程度、おそらく数秒の動作だったにも拘わらず、しゃがむ余裕すらなかった。それだけ、ことの進展が猶予なく進んだ。
春から医師として希望と責任感を胸に、日々の業務をこなす日々。珍しく、今朝から頭痛はあったが、脱水にでもなったのであろうと侮っていた。
流石の有希でも、噴射性嘔吐には驚き、「明日は休んだ方がいいかもしれない」と思った。が、明日は教授回診がある。休むのはマズイ。
そして頭をよぎる「再発なわけないよね?」の文字。しかし、それは一瞬で消えた。いや、必死に消したのだ。
激しい嘔吐後に、頭痛も吐き気も嘘のように消えたが、これこそが脳圧亢進という危険な状態の兆候な場合もある。恐怖心を蘇らせるには十分だが、ここは持ち前の楽観主義の発揮しどころ。考えすぎだと有希は自分に言い聞かせ、さっさと夕食を済ませて床に就いた。
昔から、有希が「まさか、そんなわけないよね」と最悪の事態を、考えすぎだと思い直す時、その「まさか」がよく起こる。
昔もそんなことがあった。頻回な朝の頭痛と嘔吐。念のためだったはずのMRI画像では脳に病変が見つかり、早速抗がん剤治療が始まった。普通、心配しても取り越し苦労ということが多いはずなのにね。
今回の頭痛嘔吐も、異変の兆候だった。
新しい環境で日々の業務に慣れていくことが最大の目標だったのが嘘みたいに、この日を境に有希の日常も立場も180度変わってしてしまった。医者が患者になった瞬間だった。
病院で寝起きする生活という点では、大きくは変化していないだろうか。勤務先の病院で、見慣れた部屋、見慣れたスタッフの制服。しかし、患者用のベッドで寝起きし、首には大きな静脈から心臓までのカテーテルが入っている。血液を献血でいただいた物と入れ替える治療からスタート。今までは速くても90bpmくらいだった脈が、治療中に170を超え、医師が駆け付ける。
裸もスタッフに見られ、尚脈が上がる。医師としては、恥ずかしがる必要などないと思いながらも、勝手に湧いてくる感情。恥ずかしいと感じたのも、なんだか恥ずかしい。
入院初期の有希は、口癖のように「すぐに良くなる」と言っていた。相手は看護師だったが、誰よりも自分に言い聞かせていたのだろう。
こうなると、尚今までの日常が恋しくてしょうがなくなるものだ。
カルテを書く、処方をする、カンファで担当患者のプレゼンをする、教授回診に参加する。研修医として当たり前の日々。医局の雰囲気は和やかで、質問もしやすい。また、知識豊富な先生方が多く、大変勉強になっていた。今年は新型コロナ蔓延防止のため、会食や飲み会は病院に禁止されており、同期で集まれてはいなかったが、昼頃や仕事終わりの些細な会話は楽しかった。
有希と同期の竹俣先生が、ICUでの業務中に、パッと頻繁に心電図モニターのアラームが鳴っている患者に目をやると、それは友人の有希ではないか。つい先日まで、普通に笑って会話をしていた彼女の変わり果てた状況に驚愕しながらも、冷静に状況を把握した。そして、「急変」や「死亡」も念頭に有りながら、医師ではなく、友人として有希のベッドサイドを訪れた際はそれを微塵も見せない感情コントロール。流石としか言えない。その時も笑う度に脈は170超でアラームが鳴り響く中、「大丈夫、大丈夫」と笑う有希。データ的には際どそうだが、元気そうな表情に竹俣先生は少し安堵した。
竹俣先生の「また一緒に働こうね。待ってるから!」の一言が有希を再び奮い立たせた。そして、また以前の日常が恋しい。負い目を感じたことでさえ、懐かしい。
ちょうど研修初週にどうしても外せない、とても大切なアポイントメントが教授回診とかぶってしまった。その旨は、教授にも指導医もに伝えていたので、たかが末端の医師一人が一回教授回診に出ないことなど、気に留める事象ですらなかったのかもしれない。
しかし、教授回診は重要な物であろうと、欠席は避けようとした有希。遅刻しても、後尾にひっそり合流すれば、迷惑にならないと考えた。他の先生方もよくやる。合流できたのは、最後の一人を回って医局に帰る時だった。それも、非常に目立つ合流だった。男性と比べても頭一つ分は背が高く、地毛は豪快な金髪の巻き毛。病棟の反対側からでも目立つだろう。他に白人医師が多いわけでもない。回診が終了し、廊下に出た瞬間、有希は大きな声で教授に誤り名前を名乗った。
「回診に遅れて申し訳ありません。外来代行でどうしても来れなくて!本日からお世話になります。佐藤有希です!どうぞよろしくお願い致します。」
教授はちらっとこっちを見て、「あ、合流してたの?」の一言で再び前を向き医局に戻っていった。
職場での日々も、患者としての日々も、有希の個性的な日常。