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メンヘラ恋愛ソング嫌いなはずなのにback numberは好き

恋愛ソングの歌詞は大半が気持ち悪い。

自分の性的嗜好もあるが、未練や寂しさを哀しそうに歌った歌が本当に苦手だ。歌詞重視で曲を好きになる分、共感しがたい恋愛観を歌った曲はいつも避けてきた。

しかし昔からback numberはよく聴いていた。ドライブ中のBGMをどうするか、という会話の延長でback numberの曲の話をすると、友人から「歌詞をボロクソ言う割に詳しいよね」とよく言われる。自分でもそう思う。

面白がってどんなところが気になるの?と聞く友人にめちゃくちゃ熱く歌詞の女々しさを語ったことがある。

「そんな深く聞くもんじゃないよ」「そこまでちゃんと歌詞聞いたことなかった」などと返されたとき、自分はこの人たちよりもback numberが好きなんだな…と思った。


ライブに行ったことはないしiTunesでしか聴いていないのでシングルのカップリングはあまり知らない。しかし熱狂的ではない分自分の日常におけるBGMになっている。それがとても分かる。

今日は水平線が沁みるけど、昔は青い春ばかり聴いていたし、最近光の街の良さに気づいたし、一番再生しているのはわたがしだし。

みんなが日によって食べたいものが違うのと同じなんだ。それくらいback numberは日常の一部なんだ。


結局いつも友人からの問いには「確かに」と思いながらも「メロディーが好きだから。」と答えていた。それはもちろん事実である。しかし歌詞に共感できないからと言って歌詞が嫌いなわけではない。あのドロドロとした歌詞もなんだかんだ大好きだし。なんでかback numberの歌詞だけは。


最近CDTVライブライブで90分back numberがライブをしてくれた。その時、テレビ越しだが始めてback numberのライブ、というものを感じ、なんとなく自分がback numberが好きな理由が分かった気がする。


清水さんのMCを聞いて「この人熱いなぁ」と思った。ロックだなと思った。back numberには所謂メンヘラソングではない曲も多くある。ギターをかき鳴らしアップテンポに自身を焚きつけるような曲だって、日常の幸せを温かく感じる曲だって、メッセージ性の強い曲だってある。総じて私はback numberの人間臭いところが好きなんだと思った。情景描写がすごく上手で、人間臭い歌詞だから曲を聴くとその情景が生々しく伝わってくる。しかしその生々しさを浄化するような美しいメロディー。そのアンバランスさが本当に心地よい。


back numberでお気に入りの曲を聞けばなんとなくその人がどういう人なのか分かってしまいそうなくらい、楽曲が人に内在しているものを丸裸にしている。


これは贔屓目な私の個人的な意見だが、back numberの楽曲はどこか私たちの内側に存在する、ありのままの汚れた部分が洗われるよう第三者的視点を感じる。一人称はあくまでも「僕」や「私」なため、主観的であるように見えて、実はすごく客観的な楽曲ばかりなのではないか。その客観性により曲ひとつひとつに人格が宿っているように私たちは感じるのではないか。作り手が曲で伝えたいことをそのまま私たちが受け取っているというよりも、私たちが感じたことを曲で代弁してくれているような、それでいて浄化してくれるような、作りたい曲を作るの前に、常に聴き手のことが考えられているのではないか。繰り返すが私は別に彼らのことに詳しくないし音楽雑誌を読むわけではないので自信はない。違ったらごめん。(それは本当)


いざこうやって文字に起こしてみると、自分って本当にback number好きだなと思いました。普通にファンクラブ入ってライブ申し込めばいいのに。


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