「褒める」という行為について考える 後編
0.はじめに
前回からの続きです。今回は、「人」を褒める場合についてです。「作品」と同じく褒める対象への理解が必要だという点は同じですが、自分自身と褒める人の「立場」を考慮しないといけない部分が異なります。なお、「立場」というのは、「上司と部下」や「先輩と後輩」のようなものだと考えてもらって結構です。今回は何らかの組織(会社など)に絞って話を進めます。
前編はこちら:「褒める」という行為について考える 前編
1.本題
1-1.「作品」と共通する部分
「褒める対象への正しい理解」が必要なのは「作品」の場合と同じです。自分が仮に上司であった場合を想定した場合、人の場合、褒める人の才能を見抜き、必要に応じてフォローをしたりすることで、「人」をより伸ばすことができるようになります。最終的に、会社の自分に対する評価にも跳ね返ってくると思います。
1-2.「作品」と異なる部分
「作品」と異なる部分として、「立場」を考慮しないといけない部分があります、例えば以下に引用した例が挙げられます。
ただ実際に関係性ができているかどうかというのは、「上司と部下」、「OBと現役幹部」といった関係性の場合、上司やOBから「私達はいい関係性だよね、そうでしょ?」と話しかけられても、部下や現役幹部は「は、はい」と笑顔で答えるほかありません。
上記の引用の例の場合、「立場」(「力関係」といったほうが適切かもしれません)が考慮できていないと、発生し得る出来事だと思います。最近ではハラスメントに対する風当たりも強くなっているように感じますが、引用したケースの場合、ハラスメント(パワーハラスメント)が発生しうる可能性はあると思われます。
『心理的安全性』という言葉がありますが、上記で引用したような例だと、心理的安全性は低いと推測されます。心理的安全性が低い組織の場合、部下とのコミュニケーションの効果は低いどころかマイナスになる可能性があります。そのような組織の場合、組織内で共有されなければならない情報が共有されない危険性が生じます(そのような情報の例として、ビジネスチャンスにつながる新製品の情報であったり、逆にリコールにつながる可能性のある販売製品の欠陥に関する情報が挙げられると思います)。
また、「作品」と異なり、対象となる「人」もこちらと同じく考えることができる点も異なります。あなたが褒める側の上司だとして、褒められる側が部下だと仮定した場合、部下側も上司であるあなたを評価可能です。例えばあなたが部下に対して見当違いの褒め方をすれば、恐らくですが褒められた部下側のあなたに対する評価は下がるでしょう。そして、「立場」を考慮し、部下側があなたに対する評価が下がったこと組織の中で発言することが部下自身にとってマイナスになると考えていた場合、恐らく口を閉ざすでしょう。これが「立場」というものの難しい所だと思います。
また、老害は「相手への敬意が失われた時に発生する」という特徴があります。そのため、どれだけ社会的に実績があり偉い人であっても、部下や発注先をはじめ、パートナーや子供などの家族、そして飲食店の店員さんや介護を補助してくれるスタッフの方々に対しても、相手への敬意は必要です。
その経緯を持ち続けている人はメンターでいられますが、それを失うと、途端に高圧的・侮辱的な言動や、自分に意向を一方的・強制的に押し付けるなどの老害が始まります。それが過剰、過激になるとハラスメントへのトラブルへと繋がっていきます。
「作品」と同様、重要なのは敬意だと思います。「人」の場合、敬意を払う対象は人間であり、敬意を払われているかそうでないかを感じ取ることができるので、「作品」の場合よりもさらに気を払う必要があると思います。
また、人にも寛大な心で接するべきだとも思います(作品の場合よりも重要かもしれません)。仕事でミスをした部下に感情の赴くままに怒鳴り散らしたり、大勢の他の社員の前で叱責することは簡単ですが、根本的な解決にはならないと思います(最も、今だとパワーハラスメントになりそうですし、それを見ていた他の部下が、同じ目に遭いたくないためミスを起こした場合に隠蔽に走るかもしれず、事態がより悪化する可能性があります)。部下と共にミスが起きた原因を分析したり、解決法を考える方がように促すとも必要だと思います。
終身雇用や年功序列が崩れ、中途採用もふえたため「年上の部下」「年下の上司」も存在します。(中略)そのため、20代、30代の社歴やスキルが豊富な人が、そうでない40代、50代に「老害」をしているケースもあるということです。
2.メンターの具体例
任天堂の社長も務められた故・岩田聡氏に関しては、ハル研究所時代の部下であった桜井政博氏の動画で紹介されていたエピソードや、NOA(Nintendo Of America)の社長を務められたレジー・フィサメィ氏の紹介されていたエピソードなども総合して考えると、経営者以外に、メンターとしても優れた方だったことが推察されます。
岩田氏へと私との友情は深く、その根底にあるのは互いへの尊敬の念だった、私達はそれぞれ会社で発揮した手腕をたたえあった。岩田氏は優れたゲームデベロッパーで、プログラマーだ。「ポケットモンスター」、「星のカービィ」、「大乱闘スマッシュブラザーズ」など任天堂市場最高のシリーズの多くを、1人の力でもたらした。
対する私は、マーケティング担当者でビジネスの破壊者であり、消費者の視点とビジネスの知識を統合して新たな構想を作るのが仕事だ。私たちは互いを信頼すると同時に、率直に意見を言い合った。
私がアメリカで手掛けた任天堂ゲーム機Wii(ウィー)の発売CMがいい例だ。
(中略)
任天堂本社のチームの指摘した問題点は、CMの成功体験を真っ向から否定するものだった。CMを変えることは、これまでの仕事を否定することになる。これまで私がCMに携わってきた経験からいっても、この指摘は間違っている。このCMはこれまでの殻を突き破り、インパクト絶大だ。この問題についてあれこれ話し合う中で、「過剰な馴れ馴れしさ」がアメリカ、カナダ、ラテンアメリカでは気にされないと考える理由を私は説明した。
話し合いが煮詰まる中、私は言った。
「ミスター・イワタ、あなたが私を任天堂に呼んだのは、任天堂の世界最大の販売地域に強力なマーケティング担当者が必要だったからですよね。
あなたは私の実績をご覧になったし、私を昇進させてくれました。どういう結果が出るのか自信がありますから、お任せください。このCMはアメリカで成功します」
しばらく間が空き、それが永遠に続くかのように重く感じられたときに、岩田氏は口を開いた。「わかった、レジー。君を信じるよ。前に進めてくれ」。
結果的に、CMは私の支社が実施した他のマーケティング戦略と併せて成功した。私たちは世界の任天堂支社の中で、最もWiiを成功させることになる。
社長就任後、会社や仕事への不満を聞き取る目的で全社員との面談を実施した。この中で、社員との対話を重ねることが組織運営力や勤務意欲の向上に繋がると感じた岩田は、以降、この面談を半年に一度のペースで行うようになった[35]。ちなみに、後に任天堂社長になった際には、全社員ではないものの、直属に近い部下に対して同様の面談を行っている[36]。
また、この節で最初に引用した書籍の作者である、レジー・フィサメイ氏に関しても、同氏の書籍から、岩田氏と同様に対話が重視しているエピソードがあります。
始めの頃、私は同僚全員と関係を築くように努め、財務、IT、事業、特許、オペレーション、製品開発のリーダーたち1人ひとりと会って話をした。
なかでもオペレーションと製品開発が私にとって特に重要であるのは、会社を復活させるために新たな一連の販売戦略の実施が必要だからだ。そのためにも、これらの部署と連携しプランを立てなければならない。
新たな方向に舵を切るとき、リーダーは関係者全員とコミュニケーションを取りすぎるくらい取ったほうがいい。みんなに自分の方向性を理解してもらわないといけない。例え話や歴史の話を挙げることが、コミュニケーションの強力な要素となる。
さらに同じ話を繰り返して、時に同じメッセージを、形を変えて伝えねばならない。繰り返すことで理解が生まれる。
本格的な仕事は翌日、私がコミュニケーションプランニング(*社内や外部の利害関係者とのコミュニケーションに関するプランニング)に引き続き取り組むことから始まった。
(中略)
次の2か月間は、何があったか覚えていないくらいの忙しさだった。私はダグと会う時間を増やし、財務、テクノロジー、製品開発の分野に彼を触れさせた。ダグはセールスとマーケティング担当だったので、この分野にあまり関わってこなかったのだ。さらに経営陣チームの各メンバーとかなりの時間を過ごして、ビジネスがいい状態で継続していくことを保証した。
お二人に共通しているのは、『心理的安全性』の高さです(あくまで推測です)。もっとも、お二人のエピソードをから判断する限り、"心理的安全性が高いか低いか"というレベルではなく、"(組織内での立場が高い地位に就いた場合)心理的安全性が高いことが(当然の)前提"という価値観を有していらっしゃると感じました。お二方とも対話(コミュニケーション)を重視されていますが、対話が有用になる条件として、「自分に対してなんでも話してくれる」という条件がつくと考えられます。当然ですが、話す内容は仕事でのミスなど発言者自身のマイナスになる情報も含まれます。
(なお、「心理的安全性が高い」ことはあくまでメンターであることの一条件に過ぎないと思います。このnoteでは便宜上心理的安全性に絞っていますが、そこまで単純ではなく、メンターと呼ばれる方がメンター足りえるのは、もっと複合的な要因が重なっていると考えられます)
3.参考
3-1.参考書籍
メンターになる人、老害になる人。 Kindle版
崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男 Kindle版
3-2.参考動画
岩田さんのこと 【雑談】
余談ですが、桜井政博氏の動画は、クリエイティブな仕事をされている方はもちろんですが、普通の仕事でも役に立つ内容が多いと感じました。