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自分が着るなんて思ってなかったもの
裕福かもしれないが、円満には程通い家庭に育った。
昭和の悪いエッセンスを煮詰めたような父母と
お手本のような道楽息子。
早いうちから家庭と縁遠くなったおかげで
私は遺産相続トラブルや親の介護という荷物がない。
ただ後ろ盾がないというだけで、自由で気ままな人生を
ずっと送ってきた。
自由とは責任だ。
たった一人で、時折思い返される嫌な記憶をいなし
人を信じることから逃げてきた。
そんな自分の弱さを受け止めて、世のテンプレ的な幸せを
諦めてここまで飛んできたのだ。
「結婚式」「結婚」の話題をカジュアルにすることが出来たのは
出会ったその時から結婚前提じゃなきゃ嫌だとはっきり伝えたから。
彼はそのつもりだと言ったけれど
その時の私は完全にはその言葉を受け止めることが出来なかった。
プロポーズをされて、それを受けてからも
私は完全には身をゆだねなかった。
それは生き方の癖であり、強みであり弱さでもあった。
でも、強がることは俯瞰で見て
幸せから遠ざかることだと
私は思った。
それで、無防備に泣いてみたり
泣いた責任を押し付けず
彼を信じる強さを「ある」と思って歩みを続けた。
「結婚式、するの?」
彼が式の話をしたので、さくっと聞いてみた。
これまでそんな話はなんとなくし辛かった。
プロポーズを受けた以上、
私達は契約を既にしている状態だ。
あまり急かして、彼にこの結婚を
「タスク」のように思ってほしくなかった。
けれど、聞いたほうが良いタイミングもある。
彼は当然のように式を「する」と言ったので私は驚いた。
地味婚のつもりでいたのだ。
いろいろと提案し、傾聴してみると
彼は式に合わせて貯蓄をすすめていたのだった。
私はそれで十分だった。
「フォトウエディングをしようか」と聞くと
彼は賛成した。東京でしよう。
家族写真を撮りたい、あなたのお義母さんとお義父さんと、
とも希望を伝えると彼はほほ笑んだ。
もちろんそうしよう。日程はフォトウエディングより
後でもいいね。
和装がいいかなと聞くと
「そりゃウエディングドレスでしょ」
と彼は答えた。
私は、彼がタキシードか羽織かどちらがよいかを聞いたつもりだった。
でも、彼は私のドレス姿が見たいんだと言った。
「女の子なんだから。ウエディングドレス一択でしょ。」
私達は妙齢で、初婚である。
なんとなく和装の方がいいかなと思っていたけれど
彼はウエディングドレスを見たいのだと気付き
びっくりする。
「ありがとう。じゃあ、それまでに絞ろうかな。」
と笑う。
「似合うだろうね。」
彼は目を細めて言った。
少しずつ、結婚が現実味を帯びてくる。
人によっては長年の夢かもしれないし
そうでもない人もいるだろう。
私は結婚を目的としていなかった。
ウエディングドレスなんて、
想像の産物だと思っていた。
誰かのお嫁さんになり、
2人で人生を歩むことが
自分の選択肢に加わるなんて
未だに信じがたい。
誰かを信じ、
自分で決断を下して
ふたりの眼でものごとを見ること。
それの決意としてのかたちを
服装を整え、写真に残すセレモニーは
結婚後の彼是の時にきっと重要な意味をもたらす。
紙切れ一枚の関係を
その写真を見ることで
再認識するのだ。
ふたりできめたこと。
あの時の想いや誓いを。
「幸せだなぁ」
と彼は言う。
「君と一緒に休みが過ごせるなんて」
私は頷く。
「あなたとの結婚も楽しみだね。」
見つめ合い、笑う。
先月の生活費を折半し
「婚後はあなたにお金入れるから、私はお小遣い制にしてね」
と私はつづけた。
彼はおどろく。
「俺がじゃなくて、君が?」
そう。
「あなたはしっかり者だから。
お小遣い毎月ちょうだいね。」
彼はうけあう。
結婚は夢じゃない。
現実だ。
どんな過去を歩んできたとしても
今この瞬間、未来をデザインしていける。
ウエディングドレスを着るために、
今日から少しメニューを変えよう。
とひそかに決める。