上手く出来ない夜のはなし


「俺の気持ちは変わらない、腹はとっくに決めてるから。」
彼は布団にくるまって言う。
トレーナーを着ているときもある。

大体、どちらかの休み前とか
ふたりの勤務が早く終わった日の深夜だ。


私は、その話になるとどう反応していいか分からない。

私達は婚約者であるけれども、すでに生計をシェアするパートナーでもある。
ずいぶんと急ごしらえの。探り探りで、似たものどうしの。

そして付き合ったばかりの、甘い恋人でもある。
だから、抱き合いたいと思うのは不自然ではないのだろうけど
多忙すぎるし緊張もあるし、うまくできない日が多い。

彼を責めたくはない。
途中までしたいと私は思っていて
彼は中途半端ではなく、お預けしたいと思っている。
俗に言う価値観の違いだ。肉体の。

それはそれで構わないのだけど、
「するぞ!」みたいな雰囲気を醸し出すだけでなく日時指定で約束までするので
私はその度に傷ついてしまう。


出来ないこと、ではなく
約束したことを、うやむやにしようとするその姿勢がつらい。
彼がそうするのは、そのお預けの時だけである。でも悲しくなる。
楽しみにしていたのは自分だけなのかと思ったりして。


色々と込み上げるものを飲み込んで、
着衣の乱れを直して横になると
彼はすかさず指を絡める。
それで言うのだ。将来の話を。
ごく真面目に。突然。


「そう」とか
「うん」とか
「ありがとう」
と相槌を打つ。
ほかに何て言えばいいのだろう。


彼は言う。
「君と一緒になりたい。」

私はまた頷く。
聞いていますという意味で。


どんな選択肢をとっても
不安はつきものだ。一定の感情でいるというのは難しい。
頭で考えていても、なにも変わりはしない。
あるのは認識の違いだけで。


だから私は、自分の行動でのみしめす。
相手の行動しか見ない。


彼はその様を見て、
私が結婚に対して不安なのだと考える。
結婚できるかどうか不安なのだろうから、安心させるために言葉で何度も言うのだろう。





宿直明けは、万能感に満ちている。
いくらでも食べられるだろうし
実際そうしたくもなるが
体の声は「胃腸を休めたい」と言っている気がする。だから、たいてい何も買わずに家に帰る。
彼と私のアトリエ。


そこには、常備菜がある。私が泊まっている間、スウェットで彼がこしらえたもの。
控えめにつまむ。食べたらまた作らねばならないからだ。彼が。

それを見つけると、彼はいうのだ。
「君のために作っている。栄養をとりなさい。」


ぼんやりドライヤーをしていると
先に休んでいた彼が出張ってきて
髪の乾かし具合について小言を言う。

途中、仕事について聞き出したと思えば、
君のやり方はこういうところがだめなんだと言う。
私は分かっているので否定しない。肯定もしない。まだ判断できるほど慣れていないから。
それで「指摘されたことは繰り返さないようにするね。」と伝える。


彼は頷いたあとドライヤーを取り上げ、私の髪をよく乾かしてくれながら
慈愛に満ちた瞳をするので
私は黙って乾かされている。


そのあとに私の服を脱がせようとするけれど
「さっき説教しちゃったから。イヤ?」などとこわごわ聞いてくるので
私は萎えてしまう。

つくづく不思議な人だ。
そして、恋人どうしの親密なスキンシップは
単純なようで難しいと思う。
冒頭に戻って、たまに信じられない快楽を得ることもあるし
気まずい思いや切なさを抱える夜もある。

その度考えたり自分をいなす。
そして、欲望だけのために優しくしているわけではないことに気づいては
自分の未熟さにまた考えさせられる。



上手く出来ない、のは
自分の感情かもしれない。



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