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小指を繋いだ日

「会ったら、何したい?」

彼は、LINEに移行してから
私に聞いた。
好意をお互いに滲ませて。

くすぐったいような、甘いささやきに
私はまだ会えるという目途も立てていなかったが
「小指を繋ぎたいですね」
と、言った。

実際に初めて会った日。
彼はビタミンCミックスと書かれた
キャップを回すタイプのジュースを
私に買ってきてくれた。
ドラッグストアで。バイクの前で私を待たせて。

彼は夜勤明けで、頭痛を隠して会いに来た。
たった1時間、私を美容院から送り届けるために。

「頭痛薬を買ったついで」と言っていたけれど
後になって「緊張してどうしたらよいか分からず」
自分を落ち着かせるためにドラッグストアに逃げたのだと知った。

おいしい、ありがとうとそれを飲み干すと
「ごみ、捨てとくから」
彼は促した。
容器を託すと、彼は下を向いたのち
私を見た。

「小指だっけ?」
といたずらに笑って。

それが、彼が私に初めて触れた瞬間だった。


「つめたいっ」
彼は私が布団に入ってくるまで待っていて
ぬくぬくした体でそう言った。

彼が見ている前以外では、
私は水で食器を洗う。
てっきり先に眠っているとばかり思っていたので
私は彼の言いつけを破ったのだった。
「なんでかこげん冷たかね」
ぷりぷりする彼に、
冷え性かなと笑う。

袖に指をひっこめると、
彼はそれを引っ張り出して
自分のトレーナーとお腹の間に入れた。
「足もこんな」
彼は器用に足を伸ばして、私の両足を絡めとる。

大好きなコラムニストの女性が
すすめていた海外の本に書いてあった言葉を思い出す。
「そのようにして結婚した男性は
あなたの手が冷えていたら
あたためてくれるでしょう。」
というような内容だった。


彼はブランド物に興味がない。
服の仕立てや何年も着られそうかということにこだわる。
既製品より一点ものを愛すし、
こんな寒い日にもバイクで通勤する。

バイクはよくメカトラを起こすが
「手間がかかるなぁ」と言いながら
バイクショップをたずね、
通販でパーツを取り寄せ
寒空の下洗車をする。

にこにこしながら。
幸せそうに。

「仕方なかね」
と、彼はぎゅっと両手をつつみこみ
足の裏をくっつけた。
じんわり体温をとりもどしていく。
彼のぬくもりによって。

やがて寝息を立てたのを確認し、
私はそっと両足と両手をぬいた。


彼は何度目かの寝返りの後、
ごそごそした。私の左手を探しているのだ。
じっとしていると、左手を捕まえて
彼の指はからむ。
左足も再度、彼の右足にひっぱられる。
私は呆気にとられたあと

なぜか、ぽろりと涙がこぼれた。
感じたことのない感覚で
どうしたらよいか、わからなかった。


あの本を読んだ時にはそんな男性がいる訳ない、
と半信半疑だった。
でも本当だった。

もちろんその本には厳しいことも書かれているし
強い決心がないと、その全部を守りきることは
難しい。

でも私は絶望していたので、
コラムニストの方の本を全て買った。
その本の参考文献とされたものも。
真面目だけが取り柄なので、
ぜんぶをやりきったのだ。
今もそうしている。


優等生、と呼ばれていた。
毎日が習い事と塾だったからだ。
その頃の勉強はなんら役立っていないけれど
習慣化や素直に吸収し実行する、
というのは勉学と恋愛において大切かもしれない。

勉強すればするほど、
知識が増えることを
恋愛にも置き換えておけばと
思わなくもない。

でも、私は頭をぶつけないと
理解できない人間なので
これでよかったのだ。
タイミングがずれていたら、
こんなにあったかい人と出会えていなかった。


今週のデートは、久々に小指をつないででかけよう。


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