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姫マインドと男のプライド
帰って来て早々、彼は不穏と空虚な空気を纏っていた。
私は彼が発言するのを待つ。
仕事でのあれこれ。
器の浅い上司の話。
ひととおり吐き出してもらう。
彼の求めている言葉を慎重に選び、伝え
軽く指を握り返した。
男の人は大変だ。
軽々しく同僚や友人に愚痴ったりできないし
まして恋人の前で泣くなんてできないから。
だからこそ、弱い姿をさらけだしてくれるようになったことに
私は気付けるようになっていた。
「あなたがその上司みたいに、自分の弱さに気付けない大人でなくてよかった」
としめくくる。
「ケツの穴の小さか男たい」
とか
「ちょっと頭が弱い、かわいそうな男だ」
とその上司を表現した後で。
私が人を悪く言うのは、
大事な人を傷つけられた時で
その傷ついた人の気持ちを
楽にしたい時だけと決めている。
真実はどうだっていい。
私は、私の守りたいものだけ
大切にケアできれば馬鹿女にだってなる。
「はやく、君と猫たちのいるお家に帰りたいなと思っていた」
と彼はつぶやいた。
そして、すうっと寝入ったのだった。
起き抜け、私は彼にごみ捨てをお願いした後
下着をずらして彼の手を誘導した。
彼はしょうがないなぁ、と言った後
ふにふにとそれを扱っていたが
目が覚めたのか、スマホニュースを見始めた。
私はそこでぱっと手を放させた。
片手間でするスキンシップは、
性的なものでないにしろ
蔑ろにされた気分になることを知っている。
彼に悪意はなくても、自分がそう思うのだから
それはやめるべきなのだ。
物理的に距離をとるために、
私は豆を砕きにキッチンへ立つ。
最後のクリスマスブレンドをキャニスターに入れ
エスプレッソを抽出していると彼がリビングへ来た。
飲みたい、とのことだったので半分分け
甘くないラテにした。
ココアをどこかにやってしまった、
と彼が言ったからだ。
確実に買ったのを私は覚えている。
どこか隙間に落ちたかしているのだ。
彼は「買った?」というところを疑問に思っており
だから私は、「勘違いだったかも。まぁ、なきゃないで
いいじゃん。また買おうよ。」
と決着をつけた。
今彼と穏やかな時間を過ごせれば、
ココアが家にあるかどうか
白黒つける必要はない。
「ごめん、かばんに入りっぱなしだった。」
「ココアがあって、よかった。」
私は湯気の立つラテを飲み笑い、
彼はそのココアでカフェモカをつくって飲んだ。
「米炊いてくれてありがとう」
彼が言い、私はこちらこそと答える。
「朝ごはんを作ってくれるのかな。このまま」
私は笑って「旦那にしか作らんでぇ。」
と茶化す。
「なんでも俺がやってくれるって思ってるんでしょう?」
「旦那になってからも全部俺がやらされそう。」
口数は少ないが、主張すべきところはし
やらないことは宣言した上で、私達は婚約をした。
だから、私はこの話題がのぼると
最初は冗談で返し
しつこければぴしっと跳ねのける。
「そんな女を、あなたは選んだの?」
「いいえっ、違います!」
彼の背筋が伸びる。
私は視線をそらしたまま。
彼は様子が見ているのがわかる。
「でも料理ばせんかもしらんなって思う。」
彼はつとめて明るく言う。本気ではないのが、
私には分かるが敢えて釘をさすことにした。
「結婚しなくても、料理作って家事全部やってくれて、
女子力高い子と結婚した方がいいよ。あなたは。」
口角は上がったまま、
眼だけを鋭くして彼を見た。
「気に入られたくて、結婚前にがんばってくれる子が大半だからさ。
家事能力が分かった方が安心なんじゃない。」
ね。と笑って、私はキッチンへ立った。
「女子力高いでしょ、君は」
いたたまれなくなった彼が追いかけて、私に触れた。
私はただコップとミルクパンを洗っていただけだが、
彼は自分自身の言葉に傷つき、焦っていたのだ。
それは彼がどうにかすべきで、私の責任の範疇ではないので
私は平然としていた。
「高くない。」
「あなたが思うような女じゃないかも。」
「そんなことない。」
「だって、あなたは信じてくれないから。」
彼は目に見えておろおろしていた。
想定と違ったのだ。
私は喧嘩をしたい訳でも、彼を試している訳でもなかった。
言われたことに、普通に返しているだけだ。
ごめんなさい、の一言が言えれば
人間関係はうまくいく。安寧に。
でもそれが出来ないからこじれていく。
アイス屋であのキャラクターのフェアがやっているとか
朝マックのメニューがどうとか、
彼はよく話しかけてきた。
私はそうなんだ、と関心を寄せる。
彼の出方を見ていた。
その後、逡巡してから彼は言った。
「たまたま」ワッフルが食べたい気分だから
あの街に行こうかと。
私は彼を見据えた。
言い方ってものがあるでしょう。
彼は言い直した。
「そこにおデートに行きましょうか。」
私は笑った。今度は優しく。
「おデートに誘ってくださるの?」
彼は黙っていた。
こぼれそうなくらい大きな瞳を潤ませて。
それは、ごめんなさいと同じ意味であると私は解釈し
「喜んで。きれいに支度しよっと。」
と言った。
性差や、性格や、その時々の状態で
ど本命彼氏であっても
デリカシーのない発言や
失言や、マウントをすることがある。
私に出来るのは
彼を信じることだ。
彼自身に、自分の言動を振り返ってもらい
距離感をはかってもらい
ふたりの関係を望んでもらうことが出来ると。
その結果、別れることになったとしても
結婚前に分かったならもうけものであるし
私は彼以外とでも幸せになれると知っている。
さまざまな選択が出来る上で
彼と過ごすと今は決めているというだけだ。
一生一緒なんて望まない。
惰性で過ごすという意味では。
でも、今この瞬間
敬意を払い、愛情を尽くし
共に過ごすとお互いが決めた延長線に
長い時間の堆積があったなら
それを永遠と表現できるかもしれない。
結果論であって、当たり前でも確約でもないからこそ
人は誰かを愛し、苦悩し、すれ違うのだ。
不完全な彼を、不器用な自分を
私は愛してやまない。
姫マインドをインストールできた、と
今は実感している。