同棲スキンシップ欲、炊き立てごはん
カレンダー通りの彼氏、不規則彼女
不規則勤務。昼夜逆転ではないが、拘束時間が著しく長い日もあり通勤に時間がかかる。
彼は至便な場所に職場があり、自転車でも行かれる。
結婚前に同棲なんて、令和ではスタンダードでも
昭和生まれの私にはハードルが高過ぎた。
だから本望ではなかったのだが
不慮の事件があり致し方なく始まったので通勤時間はしかたがない。
でも、休日が殆ど被らないので
平日は1人で家事をしたり自分のことをして
夜、帰りを待つ。待たないで出かけることもある。
たまの休日にさえ突如仕事が入ることもあり、時間はあれど「たっぷり一緒にいた」という自覚がない。
まだ交際して浅いので、それは寂しいような心持ちがするが
寂しいだの行かないでだの言っても、状況は変わらないのだし口にしないようにしている。
ようやく一緒の布団に入る時刻になっても、彼が懸命にスマホをいじっていたりすると
私は先に寝てしまってスキンシップがとれないということが続いた。
同棲のデメリットは「いつでも出来る」感覚なのだと思う。
実際には、体力的なものや生活サイクルによって気力も万全で通じ合っているなんて状況は作り出せないのに
そう思い込んで予定がどんどんのびていく。
なんとなくそんな雰囲気になっても、どちらかが寝てしまう。または他のことに気を取られる。
「また今度」と。
それぞれの暮らしの上に交際があって、デートを取り付けていたときには
こんなことは起こり得ない。その時を待つ楽しみがあった。
だから、あの頃を懐かしく思ったりする。
ほんの数ヶ月前のことなのに。
スキンシップ欲が強い自覚がある。
気分が乗っているかどうか、肌を通じて敏感に察知しては
勝手に傷ついたりする。
まるで自分自身を拒絶されたような気持ちになるのだ。そんなことはなくても。
義務でそうするのはレスになるより避けたい。
だから濃密に関わりたい時に
あまり言葉にしない。なんとなく察する。
今じゃないとか。
それで、自分の行き場のない気持ちに胸がチクチク疼いて
彼と距離をとってしまう。
その機微に彼が気づき、観察していることも分かってしまう。理由について彼は察せない。
ただなんとなく距離をとられている、なぜなんだろうと思う程度だ。
彼は言ってほしい、来て欲しいと言う。
受け身気質なのだ。どちらかというと女性的。
私は分かったと答えるが、実際に行って
笑いながらかわされたことがあって以来やめた。
自分の欲が穢らわしいもののように感じるのはごめんなのだ。
スキンシップのかたちについて、
手を繋いだり腕を絡めたり、鼻を擦り寄せることでも愛情を感じる。
むしろそういった種の触れ合いは多いと思う。
でも、やはり深く繋がりたいと思ってしまう。
しかし、これは誰が悪いという話ではない。
タイミングの問題なのだ。自分でコントロールできるのは、自分の感情の始末だけ。
スキンシップをなぜ、とりたいのか。
どんなスキンシップがいいのか。
拒絶されたと感じたのは、どういった場面なのか。
深く深く内省しては
迷いを断ち切るべく勉学やトレーニングや仕事に励む。
婚約者は、わたしの望みを叶えてくれるドラえもんではないのだから。
悶々とする前に、さっさと眠ってしまったお休みの朝。
彼は昨日買った炊飯器を絶賛していた。
ふたりで見に行った。日曜日、人混みをかき分けて。
いつもの家電量販店、スマホの割引。
「ちょっといい」炊飯器。
腕を絡め、指を絡めて決めた。
彼が買い換えると言ったから。
私は同意した。彼の望みは叶えたい。
「君が、お米が好きだから。」
彼は唐突に言った。
私はお茶碗から顔を上げた。
「俺が持ってた炊飯器、マイコンだから炊き上がりがべちゃべちゃだったでしょう。
君は美味しいって言ったけど、おにぎりとか美味しく炊けた米で作ってあげたくて
ここのところ夜ずっと調べてたんだ。」
私が先に寝入った夜のことだ。
急いで機種を決めて炊飯器を買いたいと思っていたのだそう。
私は黙って彼のまつ毛を見ていた。
ちら、とこちらを確認している。
「君が美味しいって食べてくれるから。もっと美味しい料理を作りたい。」
駅まで送るよと彼はパジャマを脱ぐ。お弁当を私のかばんにつめて。
祝日の改札は人が少ない。私と彼の、小さな暮らしの中心地。
人がいてもおかまいなしの、彼の短いスキンシップに私は戸惑う。
「こういうこと」なのだとひらめく。
拒絶されただの感じた、私の一方的な感情も。
分かったつもりになりやすいからこそ
合わない休みをもっと楽しみたい。
ほんわかとあたたかい、炊き立てのごはんみたいに。