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同棲中のメリハリ

仕事をするにも、趣味を極めるにも
ただ自己流でやっていては、
思うようにいかないことの方が多い。

先輩に倣い、師匠や講師に教えを請い
失敗を繰り返しながら少しずつ上達していく。


「ちょっと寝ようっと」
と言って、デートの後に彼はリビングでごろ寝をしだした。
私は出発前にもう少し寝ないのかすすめたが、
夜勤明けの彼は「デートをするんだ」と
睡眠を削ってデートに連れ出してくれた。
その日。

目的は焼き立てワッフルだったのだが、
「やっぱり家に俺が作ったプリンがあるから
ワッフルはまた今度にしよう」
と彼はデート終盤で言った。

私達は焼き立てのたこやきをテイクアウトするところだった。
知人へのプレゼントを、
彼はビルじゅうをうろうろしながら
一緒に探してくれた。
だから、私は「ワッフル食べたかった」
というのを飲み込んだ。

「あなたが選んでくれたから、プレゼント間に合った。
ありがとう。バースデーカードが見たい。」
とかわりに言うと
「わかった。」と彼は言い
たこ焼きと反対の手で私の手を引いて
「疲れたでしょ。人ごみ。」
と笑った。

そこで気付く。
ワッフル屋は、今歩いている通りより
もっと混雑している道にある。
そこにわざわざ立ち寄るより、
このままさっと帰る方が
私自身が楽できると彼は考えたのだと。


数える。彼がしてくれたことを。
間をあけて、彼に直接言う。
「今日、前私が話したチャイ屋さんに気付いてくれたね。
話いつも覚えててくれるよね。」
「通り過ぎそうだったのに、引き返して寄ってくれたね。
注文してくれてありがとう。」

「美味しいチャイだった。あなたの分もほとんどくれた。」
「カルディでおやつを一緒に選んでくれた」
「結局何も買わなかったのに、嫌な顔せず
付き合ってくれた。」

「プレゼント、私が面倒くさがってネットでいいやって言ったのに
自分ごとのように選んでくれた。」
「ほとんどあなたが調べてくれた。男性目線でアドバイスをくれた。」

「途中でコンビニに寄ってくれた。」
「鴨がいないか、行きも帰りもチェックしてくれた。」
「荷物を全部持ってくれた。」
「防寒だけじゃなく、おしゃれをしてきてくれた。」
「寒くないか、きにかけてくれた。」

だからありがとう、とっても楽しいデートだったよ。
そう笑った。
ワッフルなんて小さなことだ。
それさえも、彼の思う愛情表現なのだと実感した。


ごろ寝をしだした彼を見ながら
万年筆でメッセージを書き
それをさきほど選んだギフトに同梱し、
不器用なりに発送の準備をした。

あまりにもガタガタやっていたのか、
彼は「自分でできる?」と
着る毛布に包まりながら聞いた。
私はがんばる、と言って
ビニールテープを切った。

夜勤明けだもんなぁ、と私は思った。
交際前は、それでも頑張ってバイクで長距離を運転し
駆けつけてくれた彼。

その頃は性欲に突き動かされ、
手に入れるまで頑張っていたのだ。
今、私は彼の「俺牧場」の中の住人になってしまった。
同棲をし、婚約をしているから。
当たり前なのだ。
彼がデート中に寝てしまうような、変化が起きることは。
むしろあの頃が異常だった。
今彼は素に戻ったというだけ。

それでも、私はすこし悲しくなった。
デート前の不穏を思い出してしまう。
すこし大人になって、彼の失言を見守り
気持を切り替えて出かけたのに。
そしてワッフル。


「傲慢だ」と自覚した。
私こそ「私牧場」に彼を入れている。
傲慢でさびしがりな自分が求めていたのは
「自分を安心させてほしい」ということだと考えた。
それで、黙って荷物をもち
本を鞄に入れて玄関を出た。



家にまっすぐ帰った場合の自分の行動フローを予想した。
彼が寝ている横で、音を立てないように気を遣ってしずかにすごすか
風呂を洗ってのんびりするか。

それでも、彼が起きなかったら
横に行って寝るか、寝室で早めに就寝してしまう。
彼が途中で起きて、なんらか冗談を言ってきたとしたら
寂しさを勝手に爆発させて心無い態度をとってしまうかもしれない。

か、そこまで我慢できたとして
不完全燃焼な休日だった、と翌日に
モヤモヤを持ち越す可能性がある。

いま、私は何がしたいだろうと考えた。
発送が終わってから。
レシートをくしゃ、と丸めて
私はいつもの図書館へ返却へ行く。

kindleの読み放題サービスに登録し、
スマホをサイレントモードにした。
図書館を出て、紙の本を買いに街へ出ようかと思ったが
私も疲れていた。彼とは違う種類の疲労だ。
だから、そのまま上のフロアにあがり
本をいくつか選んだ。

まだ外は明るかったけれど
閉館ぎりぎりまで、閲覧室でゆっくりすると決めて
彼と色違いのロングコートを隣の椅子にかける。


ページを捲る音と、足音しか響かない
静寂なその場所で
私は新たな作家と出会い
ユニークな表現に心を躍らせ没入していった。

まだ閉館時刻ではないけれど
心が確かに軽くなったのを確認して
家路をたどる。



カラメルソースの甘い匂いと、
味噌汁の香りが玄関の前から漂っていた。
ドアを開け、寝室へ向かった。

声をかけることはしなかった。
LINEがきていなかったので、
彼の機嫌がわからなかった。
「いつも休日はこうする」
「二人のルーティン」
から少し外れようと思ったのだ。
それは自分のために。

「図書館と、発送に行ってきたの?」
彼は寝室まできた。
私は部屋着に着替えている途中で、
「うん、図書館と発送行った。」
とオウム返しする。

そう、と彼は言い
何か付けたしたがっていたが
踵を返した。
声の調子から、起きてしばらく経っていることがわかった。
それで十分だったので、私は普通にしていた。

その後、そのまま寝室でラップトップを開けたり
ゲーム機をカチャカチャしていると
猫たちが集まってきた。
彼は何をするでもなく、寝室にきては声をかけた。
「お風呂いれたから。」
「洗ってくれたんだ。ありがとう。」
私は言い、のんびり浸かる。


「おなかの調子どう?」
髪を乾かしていると、
彼はまたうろうろしていたので
「すいた。」
「よるごはん、一緒に食べよう」
と笑いかけた。
彼はほっとした顔をして
「焼くだけだから。待ってて。」
と気合を入れて準備をはじめる。

あ。もう大丈夫。
と、私は感じた。


「君と結婚するだろうなって俺は思う」
「君でよかったなって月に一回以上は思う」
寝る前、彼は言った。
私が「結婚する実感がわかない」と言ったから。

「もし子供ができても大丈夫なように、
生活のサイクルをずっと整えてる。」
「子供?」私はびっくりした。
子供いらないって言ってなかったっけ、と。

「いらないなんて言ってない。今すぐは難しいと思うけど、
でももし出来たら育てたい。」
私は茫然としていた。子供?
「私とあなたの子供…」
「そうだよ。」

さまざま不安要素はあった。
でも大事なのは、現実的な予想なんかじゃない、と思い直す。
「授かりものだからね。ありがとう。」
と言う。

「とにかく、何があったって俺は君と結婚するんだよ。」
そう、最後に彼は言った。

何を言わんとしているのか、
なぜ彼が敢えてその話をはっきりとしたのか
私は私なりに考えた。
それで顔が熱くなった。
「うん。」というのが精いっぱいだった。


指をからめ、おやすみをした。
「平日休み、たのしかった。」
「それはよかった。」

夜が更けていく。



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