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厄年と入籍、ぎこちない朝



どれだけ穏やかに暮らしていても、永久ではないからこそ
私は、あらゆることにボーダーを引いている。


「オカンからLINEきててさ。」
夕食の席で彼はスマホをいじっていた。
私はあまりいじらない。
食事に集中したいから。

「厄年の話されたよ。俺前厄になるんだね?来年。」
「君は小厄だ、今年。」
ふうん、と答えながらカボチャの煮付けを味わう。

「ほら、本厄がこの年齢だから
その年に結婚はダメだよって。気をつけて過ごしなさいって。」

黙って聞いていた。
本題を引き出すために。


「えーと、2027年には2人ともこの表に入ってないから大丈夫だね。」
ややあけて、私は彼を見返した。

「いまは2024年だよね。」
「うん。」
「入籍を3年後にするなら、来年の記念日に一旦さよならしよう。」

彼は目を見開いた。
「え?」

「だってそうでしょう。話が違う。不可抗力で同棲っていうロケットスタート使っちゃったから。3年後に今と同じ気持ちではいないと思うし、関係性もダレてる。」
彼の目が泳ぐ。
私は悲しかった。
ふたりで決めたことを、母親とはいえ他者の一本のLINEで覆したことが。

同棲そのものを一年という期間限定で始めた。経済的な理由だった。不慮の事件があったから。
私がはっきりと言ったのだ。ここに根を下ろす前に。
それで彼がプロポーズした。
だから、九州にもついていくつもりだった。


涙が出そうだったが、堪えた。
母親の言いなりになる男だったことを見抜けなかったのは私の責任である。
さまざまな感情を鎮める。
しっかりしなければならない。自分の人生の責任は、どこまでいっても自分でとる。


「君は、厄日とか気にする?」
彼は言う。
「気にしない。厄年の起源を知ってるし、それを気にして結婚を先延ばしにするなんてばかげてる。」
「じゃあ、入籍くらい大丈夫でしょ。」
彼はサクッと言う。

大丈夫なら混乱させることを言わないで欲しかった。でも私は黙っていた。

「オカンは心配症だし、付き合ったばかりってしか知らないから厄年の話してるだけだよ。そんなにすぐ結婚するって思ってないから。」
だから君が気にする話じゃないんだよと。

「縁起がいい時に結婚すれば、どうせならって意味だよ。」

彼は色々言っていた。私の耳には入ってこなかった。
たった今大事な話をしたのだ。縁起?冗談じゃない。
3年、ただの彼氏と寝食を共にする方が縁起が悪い。私にとっては。



「家族との付き合いは一生だし、どうせなら祝福される結婚がいいと思うよ。あなたは。」
口角を引っ張った。寂しさを感じさせないために。

「反対してる訳じゃないよ、大丈夫だよ。」
「どうかな?気にする人は気にするから。
お母さんを大事にしてあげて。不安にさせないで。」
そこまで言って、体の向きを直した。
食器を片付ける。


彼は追いかけてきた。
「厄祓いすればいいんだよ。」
「厄祓い?」
「意味ないと思うけど、そもそも迷信だし。でもそれで安心するよ、きっと。」

彼は私を抱きすくめた。
私は笑った。
安心していはない。きてもいないその日を信じていないから。
でも、彼は愚直に信じている。ふたりの将来を。この関係を。
それが嬉しかった。




私が不穏を留めているのを、彼は理解している。だからそのあと、さまざまちょっかいをかけてきた。
私は律儀に笑う。大人だから。




「また明日ね。」
朝。行ってらっしゃいのキスをして言う。
彼は私の勤務を思い出す。

「迎えに行くよ、晴れだったら。」
「ありがとう。」

どことなくぎこちないが、お互い相手をいたわる。



好き、だけで進まないのが大人だけれど
好きさえあればボーダーを乗り越える。
さまざまあるけれども。


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