5-4. 面前DV被害者は沢山いる 後編
ところが、面前DVの仲間と濃密になってから半年も立たないうちに、B子さんが亡くなった。
交流会でも自助グループでもなく、二人きりで食事の約束をしていた夜、彼女は待ち合わせ場所に現れなかった。心配して彼女の家に向かうと、パトカーがいた。
警察官の隣には、B子さんの恋人もいた。
B子さんは交通事故に遭ったらしい。警察が話を聞きたいと言ったので、まずB子さんの恋人から事故について教えてもらった。
B子さんは、いつも通っていた異業種交流会内で恋人を作り、最近プロポーズをされたばかりだった。しかし、複雑な身の上のため、すぐに決意はできなかった。恐らくこの夜、その相談を私にするつもりだったに違いない。
恋人は、B子さんが結婚に前向きではない理由が「親との不仲」だとなんとなく知っていたので「親に反対をされるかもしれないと不安がっている」と勘違いしたそうだ。
そこで恋人は興信所を使って、B子さんの母親を探しだし、一人で挨拶に行き、結婚の許しを得たそうだ。そして、B子さんの家にお母さんを招待し、「結婚OK」を伝えるサプライズを計画したのだ。
あの夜、B子さんが外出の準備をしていると、急に恋人が尋ねて来て、少しだけ話がしたいと家に入った。すると、もう何年も連絡を取り合っていなかった母親が乗り込んできて「この親不孝者!私を置いて逃げるんて!」と、包丁を振り回して暴れたそうだ。母は、何年も娘の居所を探していたらしい。
恋人は「感動の再会」を思い描いていたので驚いたが、その場ではB子さんをかばってくれたそうだ。何とか母親を追い返した後、B子さんの身の上話を聞くと、恋人は「できれば家庭に問題のない人がいい。さっきの狂人が自分の身内になるのは怖い。結婚は難しい」と別れを切り出した。
恋人は、婚活を兼ねて交流会に参加していた。B子さんは美人で、地味だけどおしゃれな服装で、控えめな性格で、あの会ではモテていた。彼は、そんなB子さんを射止めて喜んでいた。
親のことを隠して付き合っていたB子さんにも多少の落ち度はあるが、この恋人はとことん自分勝手だと思った。
折角振り切ってきた母に居所がバレてしまい、命を狙われ、結婚の約束をした相手に捨てられて、今後の人生に恐怖を感じた彼女は、「渡したいものがあるから、家にいて」と恋人に告げ、外出し、車の多い道に飛び出して死んでしまった。
私も恋人も「自殺だ」と思ったが、警察はその言葉を口にしなかった。
翌日の新聞には交通事故が一件掲載されていた。
数々の偽りの父親から身体的虐待、面前DVを含む精神的虐待、経済的DVを受けてきた。挙句に、病んでしまった母親に攻撃され続けた彼女の末路が、これだ。とても虚しかった。一緒に回復していけると思っていたし、これから結婚をして幸せになるんだと思っていた。私に素敵な夫がいるように、彼女にも支えになる人ができて、主婦友達になり、いつかママ友になるのかな、なんて思っていた。
死を選んだことで、彼女は長年の恐怖から解放されたのだろうか?やっと安心し、幸せになれたのだろうか?と、今も時々考える。
警察にも、新聞社にも電話をして聞いたが、お葬式の情報は得られなかったので、最後のお別れはできなかったし、あの家を誰が片づけたのかも知らない。
事故から十日後。もう交流会には行きたくなかったが、以前から作品サンプルを見せる約束をしていた人から連絡があったので、しぶしぶ行った。
入口で私を見つけたB子さんの元恋人が声をかけてきた。
「俺、フリーになっちゃったから、誰か女の子を紹介して」
もう頭がグラグラして吐き気がした。
この人には「恐怖に耐えられずに死ぬ」という意味が分からないのだ。彼女のことも「何もフラれたくらいで死ななくてもいいのに」と思っているのだろう。あまりにもB子さんが可哀そうだったし、私も夫に捨てられるのが怖くなった。
もう異業種交流会に呑みに行くのはやめてしまった。でも、今もケータイのアドレス帳から、B子さんを消すことはできないでいる。