いんしゅうむらかんさつにっき

████年██月██日
 ███県の██部に位置する████村へ向かうことにした。この村は禁足地・祠・奇習と俗に言う“因習”のスターターキットのような場であり、体験及び観察を行うのにはうってつけだからだ。
 とはいえ、詳細な文献はなく身の安全も確かとはいえないので、遺書を書いておくことにした。あとは対策と体験の為のアレコレをバッグに詰めて、村に向かうだけである。楽しみだなぁ。


████年██月██日
 来たぞ!████村!ほどよく昔の名残りがあり、過度に発展はしておらず、それでいて絶妙な手入れ具合。模範的な村と呼んでも過言じゃないだろう。
 村を一人ふらついていると声をかけられ、あれよあれよの内へ村長の下へ。なんでも近々年に一度の行事をするから、それまで泊めてくれるとのこと。わぁい!これが懐柔への第一歩かぁ!知ってたけどね!その時期を狙って来たからね!
 
 晩御飯は野菜中心……というか、山菜しかなかった。まぁ天ぷらとかあるからいいけど、ちょっと肉系とかも食べたいなぁ……ここらのは川魚とか美味そうなのになぁ……


████年██月██日
 今日は村を散策することにした。禁足地と祠のチェックとその行事の内容の確認が目的だ。
 結論として、禁足地と祠の場所はわかったが、それ以外は何一つわからなかった。というか露骨にそこだけぼやかされた、というほうが正しい。ヒューッ!!!こいつぁきな臭ぇなぁ!こりゃ祭で贄にでもされるな!
 ただ、禁足地からほどけ落ちた紙垂やしめ縄をお守りとして扱っているとか、祠は開けたりしていけないとか、そういう芯に迫らない情報は聞くことが出来た。ほう……お守り……

 今日の晩御飯も野菜ばかりであった。まぁ食わせてもらっているし文句はいえないが……
 ただ、あまり見慣れない果物のようなものは美味い。やたら勧めてくるのも納得である。













████年██月██日
 ████村に来て数日、住民の行動スケジュールや大まかな土地勘を得たのでそろそろ体験を始めることにした。
 まずは禁足地から解け落ちた紙垂やしめ縄を拾い集め、御神酒で洗ったのち、かるく茹でる。いい具合に柔らかくなったところで昨日の晩飯時にくすねた天つゆや持参したポン酢でいただく。かの有名な禁しゃぶである。この年季と偏った信仰を見たり触れたりするだけでなく、舌で味わってこそ真に体験したと言えるだろう。
 一通り禁しゃぶした後、醤油に漬け込んだしめ縄を七輪で炙っていたところを村長に見つかる。喜びとも困惑とも取れない顔で「████様が降りられたのか!?」などと言っていたが、残念ながらシラフである。なんでも口に入れて楽しい子供心を忘れていないだけだ。
 そのことがわかると村長は私の行動を窘めた後、少し落ち込んで帰っていった。流石に紙垂を完食したのはまずかったのだろうか。
 
 本日の晩御飯もいつもどおりであった。ただ、一点変わったところは天つゆから塩に変わっていたことだろうか。なんでぇ……



████年██月██日
 今日は禁足地に足を踏み入れることにした。
 とはいえ、神の土地に踏み入れるのには礼儀が必要なのは当たり前のことなので、以下の作法を取った。
 ①まず服を脱ぐ。
 ②最初に全身に塩を揉み込み、次に御神酒を振りまく。
 ③土地の信仰に則した参拝作法をした後、禁足地から地続きにある土を身体に塗る。
 ④再度一例した後、左足から禁足地へ踏み入れる。
 ご存知、三島式入山法を簡略化したものである。本来であれば捧げ物として鶏肉を持参すべきところであるが、なぜか肉類を食べない食文化であった為信仰として肉を禁じているのだろうと判断した。
 布という隔たりを捨て、自然と、神と一体になる。これぞ入山の醍醐味である。途中、忘れられ古ぼけた祠の苔を食べたり、御神木らしき大木にしがみつくなどしていたのだが、住民らの探す声を聞き急ぎ下山。泥だらけで帰っているところを発見された。
 「趣味のフィールドワークに熱が入りすぎた」と一応の弁明はしたのだが、まぁ疑われた。皆それぞれ████様がどうなどと言っていたが、一体████様とは何なのだろうか。
 
本日の晩御飯も例のごとくである。塩の没収は免れた。



████年██月██日
 ████様とは何か?それを聞くために村長とバツの悪そうな家に突撃することにした。だいたいこういうのは敵対してるとこが本筋を邪魔するために話すものだからだ。
 が、教えてはもらえなかった。ケチ。
 ただまぁ、これまでの経験からおおよそ予想はできる。ここに祀られてる対象が████様で、今度行われる行事はその████様に何かを捧げるのだろう。そしてその“何か”は私。やたら山菜を食わせたり、よくわからない果物を勧めるのは身体の浄化やなんらかの蓄積を狙ってたというところか。そしていわゆる“降りた”状態は実生活とは異なる行動を起こすと。



 ……つまり████様を自称すれば好き勝手できるのでは?

 今日の晩御飯も山菜だし、相変わらずあの果物はある。ちょっと飽きているので最近はあまり食べていない、というか身体に合わないのか腹下すんだよなあの果物……



████年██月██日
 ████様チャレンジ、開催!
 主な競技は次の三種目!
 ① 目指せ神速!禁足地タイムアタック!
 ② 食いしん坊万歳!お供え物食い競争!
 ③ Born This Way!全裸マラソン!
 以上の種目を人語を発することなく完遂することでチャレンジ成功とするものである。といってもどれも因習体験時に段階を踏んだ後によくやることなのだが、なんかやたら████様の名前を出されるので段階をすっ飛ばしてやっても大丈夫だろう。なお、今回は時間の都合上続けて行うこととした。本来であれば日を分けて行い、それぞれを十二分に堪能したいところであるが、行事が2日後であることと村側のギアが上がってきているのを感じたので一括で行うことにした。
 詳細は別途まとめるとするが、とても楽しめた。人目を一身に集めながら全裸で祠に跨りお供え物をかっ喰らう……これぞ神にのみ許された所業なのだろう。若干怯えているようにも見えたが、気のせいだろう。

 今日の晩御飯は肉が出た。酒も出た。果物はまぁ相変わらずだが、急に豪華になった。別れを惜しんで豪勢になったのだろうか。



████年██月██日
 激烈に腹を下す。やはりお供え物を片っ端から食べたのが良くなかったのか、それとも急に肉や酒を口にしたのがよくなかったのか。上からも下からも出っぱなしである。これがバチか……
 なぜか村長がトイレの外で泣き崩れていた。そんなに心配することはないんだけどな。

 今日の晩御飯は白いおかゆだった。急に質素になったな……というか、あの果物もなく村長もどことなくうわの空だった。ごめんって、流石にトイレに一日占拠したのは悪かったって。




████年██月██日
 本来なら今日がその行事の日だったらしいが、急に取りやめになったらしい。ので、帰ることにした。
 帰る準備をしていても誰も引き止めないどころか、もはや恨めしさでもある顔でこちらを見ている気がした。流石に村中全裸疾走をするには段階を飛ばしすぎたのかもしれない。次回以降の反省としよう。
 村長は相変わらずうわの空であった。しきりに失敗したと繰り返していたが、晩御飯の調理のことだろうか。腹を下したのは別の理由なので、そんなに気にしなくてもいいのにな。

 誰に見送られることもなく、████村を後にした。



████年██月██日
 なんか私が死んだことになっている。


████年██月██日
 ██月██日じゃない。██月██日だ。体内時間がズレている、というか日単位でズレてないか?


████年██月██日
 とりあえず、戸籍から元に戻さなきゃだな。