落日の岸田の陰に「菅・河野」 赤坂太郎
初の「質問権」行使に
「こんなはずではなかった」――首相の岸田文雄はこんな思いにとらわれているに違いない。参院選勝利で2025年まで大型国政選挙がない「黄金の3年間」を手にしたはずだった。だが各社の世論調査で内閣支持率は低迷。不支持が支持を上回り、3年どころか3カ月で崩壊の危機に瀕している。
最大の要因は旧統一教会を巡る問題だ。「このままでは持たない」。こう周囲にうめいた岸田は、問題に終止符を打つべく、未だ抜かれたことのない「伝家の宝刀」に手を掛けた。
10月17日の衆院予算委員会。自民党の宮崎政久から対応を問われた岸田は「私が責任を持って未来に向け、この問題を解決していきたい」と述べ、宗教法人法に基づく初の「質問権」行使に踏み切る考えを示した。解散命令の請求も念頭に置く。
当初、政権は慎重だった。岸田は解散命令請求に関し「信教の自由を保障する観点から慎重に判断する」とし、質問権も「関係法令との関係を改めて確認する」としてきた。宗教法人を所管する文化庁が「強制捜査権のない質問権を使っても、解散命令請求の材料を得られなかったらお墨付きを与えることになる」と警戒していたためだ。
過去に解散命令が出されたのはオウム真理教と霊視商法詐欺事件の明覚寺の2例のみ。質問権はオウム事件を機に宗教法人法改正で盛り込まれたが、明覚寺事件では刑事裁判で証拠が揃っていたとして行使されていない。
それでも踏み切ったのは、苦境に立つ岸田が起死回生を狙ったからだ。質問者の宮崎は官房長官の松野博一らから「政権の命運が懸かる」と発破を掛けられ、質問調整に首相補佐官の村井英樹も乗り出した。被害者救済に向けた法案でも、来年の通常国会提出を目指す方針だったが、岸田は18日にアドリブで「今国会を念頭に準備を進める」と表明した。
だが方針転換はすぐに綻びを見せる。解散命令請求の要件の法解釈が一夜にして変更された。18日の衆院予算委で「民法の不法行為は(要件に)入らない」としていたが、翌19日の参院予算委で「入り得る」と修正。オウム真理教の解散命令を巡る東京高裁決定は命令対象に関し「刑法等の実定法規の定める禁止規範または命令規範に違反するもの」と規定。これを厳格に解釈し「刑事罰」などが該当するとの文化庁の方針に則り答弁したが、立憲民主党政調会長の長妻昭から「民法の不法行為を含めないと数年かかる」と追及され、慌てて解釈変更したのだ。
教団からの“報復”に備えなし
準備不足は法解釈だけでない。挽回を急ぐ余り、各方面への備えや配慮を怠っていたのが岸田官邸らしい。その一つは教団からの“報復”に対する危機管理の欠如だ。政権や自民党にとって「より不都合な真実」(幹部)が暴露されることを想定していなかった。ベテラン秘書によると、党三役経験者の中には、教団が無償で派遣した秘書に給与を支払ったことにし、その資金を還流させてポケットマネーにしていた例もあるという。
「あれだけ支援したのに事前に誰からも連絡がない」。政府が教団調査に舵を切ったのを報道で知った教団幹部は憤りを隠さなかった。宗教法人としての存否が懸かるのだから無理もない。頼りにしていた自民党政調会長の萩生田光一も、逃げに終始している。
ただ教団側は質問権などには粛々と応じる方向だ。教団関係者は「既に質問や解散命令請求への対応策を考えている。宗教法人格がなくなった場合の存続方法も検討を始めた」と明かす。背景には韓国本部の指示がある。仮に宗教法人格が消えても、日本が最大の資金源であることは不変で、形式は問わず存続を求められているという。
韓国本部の指示に従い、幹部らは自重する姿勢を取っているが、現場には政府、自民党に対する不満が渦巻く。10月20日、朝日新聞の1面トップに「教団側、自民議員に『政策協定』」との大見出しが躍った。教団の友好団体が国政選挙の際、自民党の国会議員に対し、教会側が掲げる政策を推進するよう「推薦確認書」を提示し署名を要求していたことを報じた。
教団の教会改革推進本部長の勅使河原秀行は会見で「(友好団体が)組織としてやっている」と報道をあっさり認めた。情報提供者は内部にいるとみられるが、教団側は犯人捜しもしていない。閣僚経験者は「自民党に対する一種のけん制ではないか。仮に組織的なリークでなくても、現場の跳ねっ返りを抑えるつもりは教団側にない」と警戒する。だが首相側近は「官邸内での事前の打ち合わせで、あちらの反撃など話題にすら上らなかった。今後の対策指示もない」と漏らす。
ナーバスになる創価学会
旧統一教会への圧力が増すにつれ、日本最大の新宗教団体である創価学会も神経を尖らす。不倶戴天の存在であった立正佼成会などとも学会幹部が密かに情報共有を図るなど、異例の動きも見える。公明党代表の山口那津男も「宗教団体の政治活動は憲法上保障されている」と繰り返し述べ、旧統一教会以外の宗教団体に影響が及ばないよう予防線を張ってきた。
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