有吉佐和子 書くために生きた努力の人
母・佐和子が53で亡くなって38年が過ぎ、母との思い出も、ほんとうにあったことなのか、あったような気になっていることなのか曖昧になってきました。それはまた私自身が歳を重ね、さらには母の年齢も超え、母の見方が変わってきたせいもあるかもしれません。生前は、母が家事をしないこと、取材でしばしば、それも長期で家をあけることを理解できませんでしたが、今はわかります。母は何をおいても書きたかった、書くために生きた53年の生涯でした。
記憶がおぼろになっていく中でもはっきりと、いっそう鮮明に思い出されるのは、母は努力をしていたということです。じっさい「努力」という言葉をよく使い、家にいても夕飯や来客のとき以外はたいてい書斎にいました。朝食も、私は母と一緒にとったことがありません。
母が書斎にいる間、家族は部屋に入ることはもちろん、用事を伝えることもままなりませんでした。一緒にいるときも寛ぐことは稀だったようで、話しかけると「今、考えごとをしているから」と、あしらわれることもありました。
何事も努力――それを愚娘にもあてはめて「うまく産んであるのだから、できないのはあなたの努力が足りないせいだ」と言われつづけたのには閉口しましたが。
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