NHKからコンサルへ「疑惑の受信料49億円」 極秘文書入手 本誌特別取材班
49億円の原資は受信料
「こんなに使っているのか。あまりに高額だ……」
NHKの経営幹部は、手元の資料に目を落とすと思わず声を漏らした。B4判3枚の資料。そこには〈2か年(2020年・2021年)取引高上位6業者の件名と組織と金額〉と書かれている。
「ボストン コンサルティング グループ」「デロイト トーマツ コンサルティング」「野村総合研究所」など、大手一流コンサル企業の名前が並び、支払い費用は49億円――。
49億円の原資は言うまでもなく視聴者の受信料だ。資料の存在は経営幹部でもごく限られた人間にしか知られていない。そのことがかえって事態の深刻さを物語っている。
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NHKの現状を象徴するシーンだった。9月29日、NHKの一室で全国の放送局長が一堂に会した「全国放送局長会議」。そこには前田晃伸会長も参加していた。かねてから営業局の抜本的な改革を行ってきた前田会長は、訪問営業による受信料の徴収を2023年秋で実質的に廃止する。そのため今後の契約数の見込みが10万世帯減少することが予想されたが、人件費の削減で賄う目論見だった。
だが、会議では18万世帯、つまり予想より8万世帯も多い契約減の報告が上がった。すると、見る見るうちに前田会長の表情が曇り、「俺はこんな形で営業を潰せなどと指示した覚えはない」と口にする。その責任逃れとも取れる発言に、会議には鬱々とした空気が漂い始めるも、1人の放送局長が声高に意見した。
「前田会長! どうしてくれるんですか。このままでは10万、20万世帯では済みません。40万、50万の契約減という事態だって有り得るでしょう。どう責任を取るおつもりですか」
その男性は、前田会長が作った新たな人材登用制度で昇進し、放送局長に抜擢されていた。周囲から前田会長に重用されていると言われた人物なだけに、反旗を翻すような言動は、会場にいた局長たちに少なからず衝撃を与えた。
前田会長が2020年1月に就任してから、約3年が経ち、来年1月24日をもって任期が満了する。「スリムで強靱なNHK」を旗印に前田体制のもとでは改革の嵐が吹き荒れた。営業改革以外にも、番組内容の大幅な変更、人事制度の抜本的な見直し、BS放送の統合、NHKの問題の核心部に次々と手を付け、容赦ない改革を断行していった。
苦しみに喘ぐ職員
だが、一方で前田流の徹底した経営合理化は、NHKの番組制作の風土には馴染まず、現場の職員たちからは不満・反発の声が噴出していた。例えば本誌6月号では「前田会長よ、NHKを壊すな」と題して、苦しみに喘ぐ職員有志一同が声をあげた。そこには「露骨な番組介入」や「偏った人事改革」が横行している実態が克明に記されている。
この頃にはすでに改革の行き詰まりが指摘され、前田体制の前途に赤信号が灯り始めていた。あるNHK関係者は「前田体制はすでにレームダック状態にある」と語る。
「今年2月の定例記者会見で、前田会長は2期目の意向を聞かれ、『もう77歳を超えましたので、そんな馬鹿なことは言っちゃいけない』と否定していた。ところが、本音では続投を考えていた。その証拠に9月上旬に前田会長は経営計画と自身の任期の延長を画策し、経営委員会に根回しして実際に承諾を得ています。さらに自民党からも了承してもらおうとすると、『何を言っているんだ!』と逆に突き返されてしまった。この時点で前田会長の続投の目は無くなったと見ていいでしょう」
この10月には受信料をめぐり、一波乱起きている。10月12日の新聞各紙は「NHK受信料1割値下げ」と、一斉に報じた。来年10月から、地上契約は月額1100円、衛星契約も月額1950円の料金設定で、共に1割値下げすることが決まったのだ。これを受けて前田会長は「改革の総仕上げになる」と誇らしげに語っている。
だが、実は水面下で自民党政治家と前田会長との間でつば迫り合いが勃発していた。わずか5日前まで、前田会長は衛星契約のみを1割値下げし、地上契約は数十円と小幅の値下げに抑えるべく、経営委員会とも詰めの作業に入っていた。だが、この動きに気づいた自民党の菅義偉前総理や、総務大臣経験者の武田良太、佐藤勉らが強硬に反対。前田会長は経営計画の修正を余儀なくされ、地上契約も1割値下げとなった。
武田良太元総務相が語る。
「いつのまにか、NHKが衛星契約だけを1割下げて、地上契約は1割に満たない下げ率にしようとする動きがあったので、『それは、違う。我々は誰も衛星契約だけを1割値下げとは言っていません』と指摘した。値下げの対象は、あくまでも地上契約を含めた受信料です。約半数の視聴者は地上波のみの契約なのに、その人たちへの対応はどうするんだと。ましてや国とNHKとの間で約束していたはずなのに、前田会長が衛星契約だけの値下げにすり替えて、反故にするのはまかりならんと明確に申し上げました」
受信料値下げによる減収分を補填する必要があり、当初の案ではその原資は繰越金から確保した700億円と見込んでいた。だが、地上契約も1割値下げすることで、その額は1500億円にも膨れ上がった。
前出のNHK関係者が嘆息する。
「当初から前田会長は会見で、衛星契約のみを1割下げると明言していましたが、まったく根回ししておらず、自民党に押し切られてしまった。受信料は一度下げたら二度と値上げできない。今後もずっと1割値下げの料金設定で受信料を徴収し続けることになり、前田会長の戦略は大誤算だったと言わざるを得ません」
コンサルへの「依存体質」
前田会長の築いた“負の遺産”はこれだけに留まらない。幹部たちが危機感を抱くのが冒頭に触れたコンサルへの過度な「依存体質」だ。
先ほどの極秘文書を細かく見ていこう。2020年度の取引上位の業者は、先に触れた3社に加えて、「PwCコンサルティング」「ガートナージャパン」「アクセンチュア」。この6社に1年で合計約32億円を注ぎ込んでいる。
2020年度といえば、前田会長の就任1年目にあたり、この年の事業収入は7121億円で、前年度に比べて262億円もの減収となっていた。
ちなみに、入手した資料には21年度11月期までの支払い金額も記載されており、それが約17億円。合わせると、2年足らずで約49億円もの金額が、コンサル企業に支払われているのだ。
さらに資料の「契約内容」欄には各部局によるコンサル企業への1年間の委託案件として、合計100近くもの項目が列挙されている。資料を見たNHK幹部は絶句した。
「数千万円くらいを想像していましたが、49億円とは……。あまりに酷い。一つ一つの委託案件をよく見ていくと、前田会長肝いりの改革案のほとんどがコンサルに委託されていたことが分かります。多額の金を使ってコンサルに改革を丸投げしていたとなれば、元手は受信料ですから視聴者からの反発も招くでしょう。成果が上がっていれば良いですが、結果はご存知の通り、NHKの事情を反映していない改革内容が押し付けられている。そのため現場の職員からは不満が噴出しています」
「営業改革」も丸投げ
たしかに、文書には前田会長の掲げた「営業改革」や「人事制度改革」、「子会社の整理」などの項目が数多く並んでいる。
例えば営業改革。2020年度の欄には「営業局」の担当案件の一つとして、こんな項目がある。
●契約内容:次期経営計画以降の営業業務のあり方検討の運営支援・調査業務
金額:2640万円
さらには「営業局IT営業推進センター」の担当案件として、営業システムの更新もコンサルに委託している。
●契約内容:営業系システム更新計画 概念実証準備作業
金額:2992万円
●契約内容:営業系システム更新計画の見直しと方式検討のコンサルティング業務
金額:3190万円
この三つの案件だけでも9000万円近くの金額が費やされている。先にも触れたように、営業改革では主に受信料徴収員による訪問営業を無くすことが、前田改革の最大の眼目だった。「次期経営計画以降の営業業務のあり方」がそれに当たり、事前の検討や調査業務をコンサルに委託していたことが分かる。
「訪問営業を無くす代わりに、ホームページや番組で受信料契約を呼び掛け、素性の分からない未契約者の家には『無宛名郵便』を送って受信料契約を依頼する方法を採っています。しかし、そんなやり方で新しい契約など見込めるはずがない。結果的に大幅な契約数の減少が見込まれ、人件費削減のため営業局からも退職者が続出しています」(同前)
1.3億円で「人事制度改革」
人事制度改革でも「人事局」や「経営企画局」「編成局」の担当案件として、以下のように莫大なコンサル費用が注ぎ込まれている。
●契約内容:「人事制度改革」プロジェクト推進支援業務
金額:1億2980万円
●契約内容:経営改革戦略に関わる人事関連の基本構想策定の支援業務
金額:4950万円
●契約内容:「放送総局関連人材の採用・育成等の将来像」の検討支援
金額:1078万円
前田会長は「強すぎる縦割り、年功序列がやる気を奪う」と主張し改革を進めてきた。代表的な例が、職員の昇進制度『TM(トップマネジメント職群)試験』だろう。試験に合格すれば自薦他薦を問わず、どの職員もTMという局長階級に自由に立候補できるようになった。
「役職名も急に見慣れぬ横文字に変更されて、職員も困惑していた。たしかに、各放送局の局長の平均年齢が40代になり10歳以上も若返りました。ただ、前田会長が面接を一手に引き受けて独断で選別するので、過去に誤報を飛ばしたり、スキャンダルを起こしたりした職員が平気で局長職に就いている。偏った人材登用が問題視されています」(前出・NHK関係者)
また苛烈なリストラも「人事制度改革」の一環として進められた。50〜56歳の職員を対象に早期退職者を募集。さらに52歳以上の職員は階級に応じて、ある特定の年齢に達したら管理職からヒラに降格する役職定年制も導入された。
「モチベーションを削いで退職を促す仕組みになっていて評判が悪かった。50代以上の職員を狙い撃ちにした大幅なコストカット策に他なりません。番組の品質を維持しているのは、長年にわたり専門性を深めて、制作に取り組んできた50代以上の職員です。そんなNHKの実情を無視した改革には強烈な違和感を抱いていました」(同前)
前田体制の象徴として断行した人事制度改革の裏にも、実はコンサルが「プロジェクト推進支援」や「基本構想策定の支援」という形で深く携わり、1億円以上の金額を費やしていた。
この文書を見ると、いかに前田改革がコンサル企業と一体となって進められて来たかが分かる。いくつか項目を挙げてみる。
●実施局:デジタルセンター
契約内容:DXに関する業務
金額:1億2100万円
●実施局:デジタルセンター
契約内容:デジタルサービス(NHKプラス)拡充における実行体制構築支援
金額:2882万円
●実施局:関連事業局
契約内容:中間持株会社による子会社ガバナンスの強化検討
金額:6000万5000円
●実施局:編成局
契約内容:経営指標(放送総局関連)の評価・管理の支援
金額:1億4630万円
●実施局:経営企画局
契約内容:国際戦略調査
金額:1億230万円
●実施局:経営企画局
契約内容:基幹システム刷新に関する支援業務
金額:5225万円
●実施局:五輪事務局
契約内容:東京オリ・パラ デジタルサービス セキュリティ支援
金額:2805万円
別の幹部が語る。
「例えば『国際戦略調査』をはじめ、『調査』と名の付く項目については、NHKには『放送文化研究所』という調査業務を行う自前の機関があるのに、なぜそこに任せないのか。1億円以上もかけて、コンサル業者に丸投げしてしまうのが不思議で仕方ありません。
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