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WHOはなぜ中国の味方なのか

新型コロナウイルスへの対応をめぐり、「中国寄り」との批判を受けるWHOとテドロス事務局長。はたして、その指摘は当たっているのだろうか。勤務経験のある筆者が、WHOの構造的な問題点を分析した。/文・村中璃子(医師・ベルンハルトノホト熱帯医学研究所研究員)

使用_村中璃子氏_トリミング済み

村中氏

「金は出すが口は出さない」

新型コロナをめぐっては、当初から「中国寄り」との批判が多いWHO(世界保健機関)とテドロス事務局長だが、その指摘は当たっているのか。

筆者はかつて、WHO西太平洋地域事務局に勤めていた。その経験も踏まえ、WHOの構造的な問題点にも焦点を当てながら、人類と新型コロナとの闘いについて考えてみたい。

2020年4月14日、米国のトランプ大統領はWHOへの拠出金支払い停止を表明した。中国寄りの態度で初動が遅れ、世界に新型コロナを蔓延させたからという理由だ。米国の分担は昨年、加盟国最多の約4億ドル(約430億円)、WHO全予算の15%に相当する。

WHOは国際連合の専門機関の1つであり、世界8000人のスタッフを抱える、巨大官僚組織である。スタッフの定数は、各国の拠出金の金額に応じて決めることが原則で、拠出金額は2018年までは米国を筆頭に2位が日本、3位が中国となっていたが、2019年には順位が入れ替わり、1位米国、2位中国、3位日本となっている。日本は長年、拠出金に比してスタッフの数が少ない「アンダースタッフ」国として問題視されてきたが、裏を返すと、WHOにとっての日本は「金は出すが口は出さない」都合の良いスポンサーという意味だ。今回の新型コロナ流行に際しても、WHOの呼びかけに応じ、真っ先に1000万ドル(10億円円)を拠出。さらに、4600万ドル(49億円)の追加支援を行った。

WHOの事務局長選

事務局長の任期は5年。アフリカ人初の事務局長のテドロス氏は、2005年から2012年までエチオピアの保健大臣を務めたのち2014年のエボラ出血熱流行時には「外務大臣」として執務。エボラや新型コロナのような新興感染症を安全保障の問題として扱うことを強調した人物として知られる。2017年の事務局長選では186カ国中132票という圧倒的得票で当選して以来現在の職にあるが、国連貿易開発会議が2020年に公表した「世界投資の傾向」によれば、2019年のエチオピアへの直接投資額は25億ドル、このうち60%は中国による。テドロス氏が選挙を勝ち抜いた背景には、2014年に習近平氏が広域経済構想「一帯一路」を発表して以降、確実にアフリカ票を抑えるようになったことがあると言われている。

カンバン_テドロス事務局長

習近平と握手するテドロス事務局長

WHOにおける中国政府の猛プッシュは今回に始まったことではない。韓国人初の事務局長であり、任期中に死亡した李鍾郁(イ・ジョンウク)氏の後継者を決めるために行われた2006年の事務局長選には、現在、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の副座長を務め、当時、マニラにあるWHO西太平洋地域事務局の事務局長を務めていた尾身茂氏も立候補したが、その後、2期10年を務めることになる中国のマーガレット・チャン(陳馮富珍)氏に敗れている。当時尾身氏は、「アフリカはすべて私に投票すると約束した」と当選に自信を漲らせていたというが、中国政府はアフリカはもちろんのこと、太平洋の小さな島しょ国にまで熱心に外交努力をしていたようだ。落選の結果を聞いた尾身氏はその場で泣き崩れたという。

2006年は、外交官だった潘基文(パン・ギムン)氏を韓国人初の国連事務総長として選出した、事務総長選が行われた年でもあった。2007年から事務総長となった潘基文氏は、台湾は中華人民共和国の一部、すなわち台湾省であるとする「1つの中国」ポリシーを全面的に支持。台湾を国連加盟国として認めない姿勢を明らかにしていた。

WHO批判は今に始まったことではない。2009年から2010年にかけて流行した新型インフルエンザ対策への国際的批判も相まって、2012年からは「WHO改革」なる内部改革が始まっている。

時のWHOは、季節性インフルエンザ用のワクチンが既にあることから新型インフルエンザのワクチン開発を急いで、パンデミックの収拾を試みた。しかし、新型インフルエンザには当初思われていたほどの病原性はなく、世界各国で大量のワクチンが余った。残ったのは、WHOと製薬会社との利益相反の疑惑だった。

毎年の流行状況に売れ行きが左右されるインフルエンザのワクチンは、製薬会社にとって魅力ある商品とは言えないことを考えると、この批判自体は一種の陰謀論だと思われるが、特定の国や人に紐づいた拠出金制度、決定に時間のかかる官僚体質、終身雇用の正規スタッフの高給と手厚い年金制度など、WHOが多くの問題を抱えているのは事実だ。

2019年3月付の医学雑誌「ランセット」の社説によれば、数あるWHO改革の中でもテドロス氏の改革は最悪で、20カ月にも及ぶ検討の末に発表した改革の中身は、部門とスタッフを分かりにくく入れ替えただけのものだったと酷評している。

先述の通り、WHOのスタッフの定数は拠出金の額と比例している。そのため、WHOへの拠出額第1位の米国は長年、WHOで最もスタッフ数が多く、最も発言力のある国だった。しかし、中国が拠出金とスタッフを増やし、事務局長選にまで大きな影響力をもつようになると、WHO内での覇権は次第に米国から中国へとシフトしていった。

感染症を国防問題から外した米国

米国疾病予防管理センター(CDC)は、疫学調査からワクチン開発、パンデミックやバイオテロ時の実務まで、感染症対策を包括的に担う諜報機関である。かつてのCDCは、一国の感染症当局であるというだけでなく、WHOと覇権を争うほどの強力な存在だった。ベトナム戦争で枯葉剤を使用、2001年には炭疽菌事件を経験した米国にとって、感染症(バイオセキュリティ)は国防の要であり、保健福祉省だけでなく国防総省マターでもあった。ところが、今回の新型コロナに関しては、自国が流行の舞台となる3月に入るまで米国の存在は驚くほど希薄だった。なぜか。

歴代米国大統領の中では唯一、軍人や政治家としての経験がなく、実業家あがりのトランプ氏は、コスト意識は高いが感染症問題に対する関心が薄く、大統領就任直後から関連予算を大幅に削減してきた。2018年度では、米国立衛生研究所(NIH)の予算の18%とCDCの予算の17%を削減したほか、2019年度ではCDCの海外での感染症関連予算の80%を削減した。

CDCはこれまで、各国の拠点や当局へのスタッフ出向を通じてデータを収集し、ソフトな諜報活動を行うことで、国家の枠組みを超えた強力なネットワークを築いてきた。しかし、度重なる予算削減に加え、エボラ出血熱流行時についた緊急予算が底をついた昨年9月、つまり新型コロナウイルスが出現する直前までにCDCは、海外での活動拠点を49カ国から10カ国にまで削減。撤退した国には中国も含まれていた。ロイター通信も、トランプ大統領就任以来2年の間にCDC北京事務所のスタッフは47人から14人に激減していたと報じている。

遅れた専門家の武漢調査

そればかりではない。保健福祉省は今年1月には新型コロナの危険性を警告していたが、トランプ氏はこれを無視。同省は1月6日から中国当局にCDCの専門家を武漢に派遣することも提案していたが、「拒絶」され続けた。結局、米国が専門家を中国に送ることができたのは、WHO専門家チームの一員としてのこと。CDCからは、筆者のかつての同僚でもある北京大学医学部出身の中国系スタッフ1名と、国立アレルギー感染症研究所(NIAID)からもう1名を派遣するに甘んじていた。

1月28日、テドロス事務局長と習近平国家主席は北京で懇談し、WHO専門家の受け入れに合意していた。しかし、実際にWHOの専門家チームが武漢入りを果たしたのはそれから約1カ月後の2月22日のことだった。しかも、専門家チームが武漢を調査したのはたった1日だけ。その成果は2月24日、北京のプレジデンシャルホテルで中国の新型コロナ対策チームとの合同記者会見で発表されたが、WHO専門家チームの代表ブルース・エイルワード氏は、中国の徹底した追跡・隔離政策を驚きと共に絶賛するに終始した。翌日にはWHOのウェブサイトに中国における新型コロナ患者を対象とした詳細な報告書が掲載されたものの、その内容は中国CDCが自らのウェブサイトで2月17日に発表していた世界初の新型コロナに関する大規模データとほぼ同じだった。

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