藤原正彦 だまされる数学者 古風堂々27
文・藤原正彦(作家・数学者)
世は新型コロナワクチンでもちきりである。中国が有効率78%と喧伝したシノファームやシノバックを接種し、接種率5割を超したモルジブ、バーレーン、チリ、ウルグアイなどでは今も感染の勢いが止まらず、慌てて他のワクチンを打ち直している。中国の統計がほぼ全て虚偽ということを知らなかったのか、知っていても他のものを買う経済力がなかったのだろう。
虚偽は論外だが、メディアや人々が統計数字を正しく理解しているとは限らない。コロナ騒ぎが始まってから連日連夜、感染者数、死亡者数、ワクチンの有効率、接種率、副反応発生率など、統計数字がメディアで踊っている。
半年ほど前、ロサンゼルス・タイムズが「モデルナはアジア系に対し有効率100%」と書いた。モデルナとファイザーの臨床試験に参加したそれぞれ3万人ほどの米国民のうち、アジア系に対してはモデルナの有効率が100%、ファイザーが74.4%だった。そこでアジア系にはモデルナが圧倒的によいとなったらしい。これを冗談あるいはインチキという。参加人数(アジア系が米国民の5.6%位だから恐らく2000人以下)が少なすぎる。感染率そのものが低いのだから、アジア系だけでこの100倍は参加していないと有効率など意味がない。全米4位の発行部数を誇る新聞がこのレベルなのだ。
我が国も似たようなものだ。日本で接種されているワクチンはモデルナとファイザーだが、その副反応が問題となっている。統計では10万回の接種で1.5件ほどの脳血栓などによる死亡例があるという。これがなぜ問題なのかが私には分からない。我が国では脳梗塞で死亡する人が年間6万人ほどいる。計算すると今日接種した高齢者10万人につき1.4人ほどの人が3日以内に脳梗塞で死亡することになる。ただし、ワクチン接種者だけでなく、今日餃子を食べた10万人も、今日豆大福を食べた10万人も、同じ運命なのだ。ワクチン接種後の死亡が副反応によるものとは考えにくい所以だ。
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