「今は我慢。経済は戦後復興で取り返す」フランスのコロナ対策から日本が学べること
欧州でどこよりも早く2度目のロックダウンに踏み切ったフランス。その決断の裏にある“思想”とは何だったのか——。フランス在住40年超のジャーナリスト・広岡裕児氏が読み解きます。
<この記事のポイント>
▶︎フランスでは、内政の責任者は首相。従って、マクロン大統領がコロナ陽性になっても国民の大半は“無関心”だった
▶︎フランスが2度目のロックダウンに踏み切った理由は「クリスマス商戦を助けるため」
▶︎マクロン大統領は、新型コロナとの戦いを「保健衛生戦争」であると位置付けている
マクロン大統領の「陽性」に無関心だった理由
クリスマス・イブの12月24日、新型コロナウイルスの症状が収まったとして、フランスのマクロン大統領の7日間隔離が予定通り終了した。だが、BREXIT(英国のEU離脱)交渉合意があったこともあって、その件はほとんど話題にならなかった。
12月17日にマクロン大統領のコロナ陽性が発表された時、前夜に大統領官邸で行われた夕食会が問題になった。夜間外出禁止令が発令中であり、「会食の人数は6人までに抑えるように」とされているにもかかわらず、3時間半にわたって、大統領や首相、国民議会議長、与党の幹部ら10人が集まったというわけである。商店主や飲食店主などの団体は、パリ検察に「他者の生命を危険にさらした」罪で参加者を刑事告発した。
大統領府は、「250人収容の宴会場に大きなテーブルが置かれ、各参加者間には4メートルの距離があり、皆マイクで話した」と反論した。たしかにマクロン大統領の「濃厚接触者」とされたのは、すぐ隣に座っていたカステックス首相、リシャール・フェラン国民議会議長だけだった。
12月19日、マクロン大統領は自主隔離している郊外のベルサイユ宮殿の敷地内にあるランテルヌ館から、国民に向けて“自撮りメッセージ”を送った。しかし、このエピソードも、その日話題になっただけで、あとは、大統領の容態についての報道さえなかった。
なぜ、フランス社会はマクロン大統領のコロナ陽性に無関心だったのか。実は、制度上の理由もある。
フランスではアメリカと違い内政の責任者は首相である。現在、フランス国内は非常事態に入っているが、クーデターや外国からの攻撃を受けた時に大統領に権力を集める非常大権とはまったく別の法的根拠をつかい、国会が制定した時限の緊急事態法に従って政策を実行している。全国的なロックダウンを行うといった高度な政治判断は大統領が行うが、これは非常大権という制度上の理由で行われるものではなく、政治的な最終的責任を取るためである。さらに言うと、もともとフランスには国防の「軍事安全保障」と並行して大災害予防の「民事安全保障」という体系がある。
「コロナと共に生きている」ということ
いま、フランスでつくづく感じるのは、「コロナと共に生きている」ということだ。
マスク、手洗い・手指消毒、ソーシャルディスタンス、握手やハグはしないといった「障壁行動」は当たり前になり、店に入る前の消毒、人数制限、アクリル板などはすでに日常の風景になっている。
改めて振り返ってみたい。
2020年の春、ニュースは新型コロナに支配されていた。対策が遅い。マスクや防護服が足りない。政府の怠慢だ——。いたる所に「障壁行動」の掲示が行われ、テレビスポットが流れた。未知の敵に対する不安といらだちと同時に、戦いの高揚感もあった。
コロナ対策は当初から2009年のインフルエンザ対策以来培われた「衛生緊急事態計画」に従って行われていた。3月初めまでは、日本とよく似たPCR検査数を抑制し発症患者から濃厚接触者をさかのぼって「最初の患者」を追跡するクラスター対策が行われた。ところが、感染経路が分からない人が増え、「衛生緊急事態計画」に基づき「第3期の蔓延」と判断される。この時点で、重症者を重点とする対策に切り替わった。ロックダウン解除後の6月には、「検査・追跡・隔離」のスローガンのもと、クラスター対策追跡要員を1万人に増やし、検査数も100倍増やした。商店でのアクリル板設置などへは、補助金も出された。
日本の「GoTo」のような政府の補助はなかったが、バカンスの旅行は奨励された。欧州以外の客を相手にするパリは別として、地方都市でのホテルの稼働率は50%を超えた。欧州チャンピオンズリーグでパリのチームが決勝に残るとシャンゼリゼにはファンが密集した。警鐘を鳴らす医師がいる一方、感染者数が増加しても「ウイルスは変質して危険性は減った」とか「若者が罹るのは集団免疫を獲得するために悪い事ではない」「第2波は来ない」などと言う医師も現れた。
2度目のロックダウンに踏み切った本当の理由
だが、夏の終わりと共にこういった楽観論はすっかり払拭されてしまった。
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