乳がん「温存と根治を両立」 林田哲
根治性と整容性のバランス
女性のがんでは最も多い乳がんは、年間の新規患者数が9万7000人以上にものぼります。しかし、国立がん研究センターの最新の統計によると、ステージⅠの5年生存率は99.8%、ステージⅣでも38.7%と、かなり高い。この数字を底上げしているのが、乳がんの標準治療の質の高さです。完成度の高い標準治療がある乳がんですが、近年いくつかの点で大きな進歩がありました。
まず手術についてお話しします。乳房にメスを入れることは、女性にとって身体面のみならず心理面への負荷も大きいものです。1980年代後半に乳房の温存手術が注目されて以降、乳房をすべて切除する全摘手術から、胸を残せる温存手術のニーズが高まりをみせてきました。ただ温存といっても、実際は切除した部分がへこんでしまうなど、課題は残されたままでした。しかしここ10年は、いかに腫瘍を取り除きつつ見た目もきれいに仕上げるかという、根治性と整容性のバランスを取ることに力が入れられています。
それを後押しするのが乳房MRIです。従来の1.5テスラから、現在はさらに高精度な3テスラのMRIが全国的に普及し、画質向上のためにAI技術を応用した機種も開発されています。これらの技術革新によって、術前に腫瘍の広がりを正確に診断し、最小限の切除でがんを取り切ることが可能になったのです。ただし、乳房の全摘手術後と異なり、温存手術後では施設にもよりますが約5週間にわたり、連日の放射線治療が必須となります。
なお温存手術の場合、多くの施設では手術中に「術中迅速病理診断」を行い、乳腺組織の切除断端にがん細胞が残っていないかを顕微鏡で確認しています。結果は約30分で出ますので、もしがん細胞が残っていればその場で追加切除を行って、顕微鏡的にがん細胞が完全に取り切れるまでこれを繰り返します。術中迅速病理診断と、術後の放射線治療により、当院での温存手術後の局所再発率は1%以下に抑えられています。
この局所再発率をどう捉えるかは患者さん次第です。まだ子供が小さいため、再発の不安を1%でも消し去りたいという方、あるいは、高齢のため術後の放射線治療に連日通うことが難しいといった方は、全摘手術を希望されることもあるでしょう。
このように、温存術、全摘術それぞれにメリット、デメリットがあります。もちろん、温存術はそれによりがんを取り切れることが大前提で行うものです。その上で、仮に術後に温存した乳房に局所再発したとしても、再手術や薬物療法を追加して治療することが可能であり、温存術+放射線治療と全摘術とではトータルの生存率は変わらないことが医学的に証明されています。
かつては乳頭・乳輪を含む皮膚ごとすべての乳房を切除していた全摘手術も、皮膚の表面に近い場所に腫瘍がなければ、乳頭・乳輪は残して、内部の乳腺組織だけをくり抜く手術が保険診療として可能になりました。その後、シリコンインプラントなどを挿入して形を整えますが、この乳房再建手術もすでに保険適用となっています。インプラントによる再建は身体の負担が少なく、手術時間が短くてすむメリットがある半面、加齢とともに挿入したほうとしていないほうの胸で形状に差が出てしまうことがあります。また、十数年と言われているインプラントの耐用年数が来た場合、入れ替えもしくは抜去を検討する必要があります。
その点、患者さん自身の組織を利用する自家組織による再建であれば自然な見た目に仕上がります。ただし手術時間や入院期間が長く、背中やお腹の筋肉を再建に使用するため、身体の負担は大きくなります。
温泉に行きたいからできるだけ自然な形にしたい、洋服を着たときに綺麗に見えたら満足など、患者さんによって乳房再建術を行う目的はさまざまです。女性として「胸を残したい」という想いからもう一歩踏み込んで、「何のために」残したいか、もしくは再建したいかをよく検討していただき、それに応じた術式を選択することをお勧めします。
薬物療法で20年ぶりアップデート
近年の乳がんの治療成績向上には、薬物療法の進歩が大きく貢献しています。乳がんは、がん細胞がもつ特徴によって、「ルミナール」、「HER2」、「トリプルネガティブ」など複数のタイプに分けられ、それによってホルモン療法、分子標的薬、化学療法を使い分ける、個別化医療がずいぶん前から実践されてきました。
最近はそこへ新たな薬が次々と加わり、選択肢が拡がりました。具体的には、ホルモン陽性でHER2陰性が特徴となるいわゆる「ルミナール乳がん」に対し、総合的に再発リスクが高いと判断された場合、分子標的薬である「ベージニオ」の術後の追加投与が2022年1月に保険適用となりました。ルミナール乳がんの術後の治療法としては、実に20年ぶりのアップデートとなります。
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