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酒井法子、清原和博、ピエール瀧、沢尻エリカ……芸能人はなぜ薬物に走るのか

手を出すキッカケの1つは「プレッシャー」。また、創作のインスピレーションを得るために薬物の力を借りるアーティストもいる。興奮、快感など、刺激を常に求める性質は、精神医学の分野では「センセーション・シーキング」と呼ぶが、創作に携わる人の多くが、その性質を多くもっている文・岩波 明(昭和大学医学部精神医学講座主任教授)

MDMAの乱用で突然死に至ることも

 2019年は、著名人が薬物で逮捕される事件が相次いだ年でもありました。11月16日、女優の沢尻エリカさん(33)が合成麻薬「MDMA」を所持していたとして麻薬取締法違反容疑で逮捕されたことは記憶に新しいですが、3月にはミュージシャンで俳優のピエール瀧氏(52)、5月に元KAT-TUNの田口淳之介氏(34)、そして11月には沢尻氏のほか、元タレントの田代まさし氏(63)、元オリンピック選手でプロスノーボーダーの國母和宏氏(31)が違法薬物関連の容疑で逮捕されています。過去には元アイドルの酒井法子氏(48)、元プロ野球選手の清原和博氏(52)などの大物も薬物で大きな話題になりました。

沢尻エリカ_トリミング済み

沢尻エリカ

 彼らは、なぜ薬物に手を出してしまったのでしょうか。薬物依存の蔓延を防ぐには、どのような手立てが有効なのでしょうか。

 本論に入る前に、現在の日本社会で流通している違法薬物の状況について、概説しておきます。

 薬物は依存性の強さで「ハードドラッグ」と「ソフトドラッグ」に分けられます。覚醒剤、コカイン、LSDなど依存性、中毒性の高いものがハードドラッグです。ヘロイン、モルヒネなど、非常に強い依存性を示す「麻薬」に分類される薬物もこれに含まれます。一方、大麻(マリファナ)は比較的依存性が低く、ソフトドラッグに分類されます。

 これら伝統的な薬物に加え、近年、新たな薬物の流行も指摘されます。

 かつて「脱法ハーブ」と呼ばれていた危険ドラッグは、覚醒剤、大麻などの化学的構造を変えた薬物ですが、その名の通り、総じて非常に危険です。「心毒性」と言って心臓に与える副作用が大きく、不整脈などを起こして心停止に至る例が多く報告されています。その点、精神に対する作用は強いものの、身体的な影響が小さい覚醒剤とは対照的です。

 沢尻さんが所持していたMDMAは、海外では相当流通していますが、日本ではまだ使用者が少ないと思われます。臨床現場で問題になるほどではありません。これも覚醒剤の類似薬物で、危険ドラッグと同様、心停止を起こす恐れがあります。09年、悪ぶったキャラで知られた俳優が、若い女性と一緒にMDMAを使用し、女性のほうが心停止で亡くなるという事件がありました。このように、20代、30代の若く健康な人でもMDMAの乱用で突然死に至った例がいくつも知られています。

 また近年、大麻使用者とともに少しずつ増えているのは、睡眠薬、鎮痛剤、抗不安薬などの処方薬への依存症です。一方、シンナーやトルエンなどの有機溶剤の使用者は減少しています。かつては不良、ヤンキー=シンナーというイメージがありましたが、最近では有機溶剤の中毒で病院に来る例は、全くと言っていいほどありません。

岩波明氏 _トリミング済み

岩波氏

圧倒的に多い覚醒剤精神病

 臨床現場では、薬物依存の患者の多くは覚醒剤の関連疾患で、このトレンドはあまり変わっていません。

 覚醒剤による精神障害は本当に悲惨です。中枢神経系に作用する覚醒剤は、短期の作用では、激しい精神変調をもたらします。しかもそれに加えて感受性の強い人の場合、たった1回の使用だけで、興奮状態に陥るのはもちろん、その後も幻聴などの症状が続くことがあるのです。「警察に追われている」「殺される」といった追跡妄想、被害妄想もよくみられます。これを「覚醒剤精神病」と呼びます。

 以前、私が診察した中では、刃物で自分の腹部を何度も突き刺した人がいました。こうした自傷行為や自殺企図もあれば、他害行為もみられます。覚醒剤精神病の人の多くは、幻覚妄想状態で器物損壊や対人的な暴力を働き、警察を経由して、精神科に入院してきます。

 覚醒剤精神病の症状は、統合失調症とほとんど区別できないほど似ています。ただし覚醒剤精神病は統合失調症と違い、抗精神病薬によって短期間で症状が改善します。最初は興奮して何を言っているかわからない状態でも、抗精神病薬の投与をすると、1、2週間で快復し、1カ月以内で退院する場合もあります。

 覚醒剤の怖いところは、たとえ覚醒剤をやめて何カ月あるいは何年経ってからでも幻聴や被害妄想が持続しやすい点です。快復したかに見えても、何らかの刺激によって幻覚妄想が再燃(フラッシュバック)する場合もある。覚醒剤を使用すると興奮して気分が高揚し、いわゆるハイな状態になりますが、効力が切れると、逆にうつ状態に陥ります。その状態から脱するために、再び手を出してしまう人が多いのです。

 かつて日本で覚醒剤は合法で、第2次大戦後も使用されていました。戦争中には日本軍が航空機パイロットや軍需工場の工員に与えていたことが知られています。軍が依存患者を作っていたわけです。当時多く出回っていたのはヒロポンです。戦後、軍が備蓄していた覚醒剤は他の薬品とともにGHQに接収された後、市場に大量放出されました。

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 坂口安吾

 市場に流通しはじめたヒロポンを積極的に使用したのは作家、芸人などの文化人でした。有名なのは『堕落論』『桜の森の満開の下』などの作品で知られる坂口安吾です。妻・三千代の『クラクラ日記』には、裸で雪の中を走り回ったり奇声を上げるなど、安吾が覚醒剤精神病の症状を呈していたことが描かれています。

 覚醒剤はやがて文化人から一般の人々へ蔓延します。これが第1次覚醒剤乱用期ですが、1951年に覚せい剤取締法が施行され、ようやく流行は収まりました。

 しかし、1970年頃から再び覚醒剤の流行がはじまります。暴力団が資金源を求めて覚醒剤の流通ルートを握ったからです。こうして第2次覚醒剤乱用期がはじまります。第2次の使用者数は、第1次のそれをはるかに上回り、80年代にピークを迎えました。その後、取り締まりの強化で減少に転じましたが、根絶にはほど遠く、現在でも薬物依存症で精神科を受診する患者さんで圧倒的に多いのは、覚醒剤による症状に苦しむ人たちです。

見過ごされる“飲み過ぎ”の害

 ちなみに欧米では、日本ほど覚醒剤のシェアは大きくありません。欧米でメジャーな薬物はコカインです。また、欧米で乱用者が多いヘロインなどの麻薬類は日本ではほとんど広まっていません。妙な表現ですが、日本人の体質や嗜好に合うのは覚醒剤なのかもしれません。

 ともあれ、覚醒剤による精神障害は悲惨で、依存性も高いので、当局が厳しく取り締まるのは当然です。MDMAなど他の薬物も同様です。

 しかし、一口に薬物と言っても、覚醒剤、麻薬類、大麻ではまるで違います。麻薬や大麻は、医療用にも使われています。特にがんの終末期における緩和治療に麻薬であるモルヒネは欠かせない物質です。大麻の乱用者は徐々に増えていますが、覚醒剤や麻薬ほど厳しい法的な規制は必要ないかもしれません。大麻の依存症や中毒で病院に来る人はごくわずかなのです。

 実はアルコールの方が、大麻に比べてよほど害が重大です。連続飲酒するとビタミンB1が欠乏し、目の麻痺、運動失調、意識障害などを特徴とするウェルニッケ脳症という、命にかかわる脳障害が引き起こされる場合もあります。また、暴力的な犯罪のうち、3割から4割は飲酒絡みという統計もあるほどです。過度の飲酒は家族をも破壊し、配偶者、児童、高齢者への暴力も多く報告されています。それにもかかわらず、日本社会はアルコールにきわめて寛容です。医療現場にいる者としては、日本社会はアルコールに甘く、大麻に厳しすぎるように思えます。

ADHDと芸能人、薬物の深い関係

 芸能人や音楽家に薬物乱用者が多い傾向があることはたしかです。

 彼らが薬物に手を出すきっかけの1つとして考えられるのは、プレッシャーです。舞台などを前に「これを飲んで緊張を取り除き最後の馬力を出そう」と、薬物に頼ってしまうのでしょう。ただし、そういう場合に本当に効くのは、違法薬物ではなく抗不安薬です。

 創作のインスピレーションを得るために薬物の力を借りるアーティストも多くいます。有名な例では、ビートルズです。彼らが使用したのはLSDでした。LSDを使用すると幻覚がもたらされ、視覚や聴覚が鮮やかになると言われています。名曲『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ』は、頭文字をとればLSDとなり、まさにLSD体験を歌った曲とされています。

 インスピレーション、興奮、快感など、刺激を常に求める性質は、精神医学の分野では「センセーション・シーキング」と呼ばれます。芸能人や音楽家など、創作に携わる人々は、この性質を一般の人よりも強く持っていると考えられます。

 センセーション・シーキングと関連の強い精神疾患が、発達障害の一種であるADHD(注意欠如多動性障害)です。主な症状は「不注意」「多動・衝動性」で、小児期に「手足をもじもじさせ、キョロキョロする」「授業中、席から離れる」「じっとしていられない」などの多動症状で気づかれることがしばしばみられます。しかし、多動より不注意が優勢なタイプのADHDもあり、障害が気づかれないまま大人になる人も多いです。人口のおよそ3、4%はADHDだと推測されています。

 大人になるとADHDの症状のうち多動は軽減しやすいのですが、不注意や衝動性は持続して見られます。そのため成人のADHD患者は、職場で肝心な業務を忘れたり、同じミスをくり返したりすることがよくあります。センセーション・シーキングに関連があるのはADHDの衝動性で、目の前のことに集中できず、先のことを深く考えずに思いつきで行動する傾向があります。

 ADHDの人の頭の中は、つねに複数の思考が湧き出ており、次から次へと考えが生まれ続ける状態にあります。これは「マインド・ワンダリング」と呼ばれます。その一方で、興味ある対象には我を忘れて取り組む「過剰集中」を示します。

 そんなADHDの傾向がある人には、向いている職業があります。デザイナー、ミュージシャン、作家などの個人プレーに近い職業です。彼らは次から次へと新しい思考が湧いてくる一方で、一晩集中して一気に作品を仕上げるといった作業を得意とします。会社員の場合でも、事務仕事よりも、外回りであちこち動き回る方が性に合うようです。

 いわゆる芸能人も、ADHDに向いた職業でしょう。変化と刺激が多く、集中力も求められるので、ステージでパフォーマンスをしたり、ドラマで演技したりするときに爆発的な力を発揮できます。

ADHD治療薬と覚醒剤の類似性

 じつはADHDの患者は、覚醒剤など薬物への依存の比率が高いことが知られています。アメリカのある調査では、ADHD患者の約15%が薬物・アルコール依存を併存していると報告されています。

 ADHDの治療薬はいくつかありますが、2019年3月に承認されたビバンセ(一般名リスデキサンフェタミンメシル酸塩)は覚醒剤(アンフェタミン)の類似物質です。そのため厚生労働省は、従来からADHD治療薬として使われていたコンサータ(一般名メチルフェニデート徐放剤)とともにビバンセを処方できる医師、薬局を制限し、処方された患者もすべてナンバリングする対策を取っています。患者がこれらの治療薬を求めて複数の医療機関をハシゴして処方を受ける行為を封じるためです。アメリカでビバンセは大人にも使われていますが、日本では小児患者にしか使えません。現状では大人向けの使用を目指す臨床治験すら厚労省は認めていません。

 ビバンセに覚醒剤と類似した成分が含まれていることからもわかるように、覚醒剤と類似物質はADHDの治療薬として一定の効果を持っていると考えられます。覚醒剤には興奮作用がある一方、考えをまとめ落ち着かせる作用もあります。実際、アルコールや薬物依存の患者さんを調べてみると、実はADHDだったという場合がよくあるのです。

 沢尻さんがADHDかどうかは、彼女の日常生活や子供時代のエピソードを詳しく調べなければ判断できません。しかし彼女の近年の発言や行動の衝動性をみると、ADHDと似た特性が感じられます。

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★2020年1月号(12月配信)記事の目次はこちら

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