138億年の“ビッグヒストリー”は地球温暖化の解決に役立つ / デイヴィッド・クリスチャン(『オリジン・ストーリー』)
歴史学者のデイヴィッド・クリスチャン氏(73)は、オーストラリアのマッコーリー大学教授および同大学ビッグヒストリー研究所所長を務める。クリスチャン氏が1991年から提唱しはじめた「ビッグヒストリー」は、人類の歴史を、ビッグバンから始まる宇宙の138億年の歴史から捉えなおそうという試みだ。
18分間で宇宙の歴史を語り尽くすTED講義は、全世界で1000万を超える再生数を記録するなど、大きなうねりを巻き起こした。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏もその講義に魅了された1人で、ビッグヒストリー普及のための教育プロジェクトに1000万ドル(約11億円)を出資。最新の著書『オリジン・ストーリー 138億年全史』(筑摩書房)は、世界29カ国で翻訳されている。
ビッグヒストリーは気候変動の問題をどのように捉え、解決策を導くのだろうか。
デイヴィッド・クリスチャン(歴史学者)
地球の危機が解らない大人
「世界は目覚めつつあります。変化が訪れようとしています。あなたたちが望もうが望むまいが」
これはスウェーデン出身の17歳の環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんがおこなったスピーチの一部です。彼女は2019年9月23日、ニューヨークで開かれた国連気候行動サミットに出席し、各国の代表を前に、地球温暖化への早期の対策を訴えました。
実は私自身、グレタさんの大ファンなのです。グレタさんは15歳だった2018年、地球温暖化の対策を行わない大人達へ抗議するため、学校を休んでスウェーデン議会の前に座り込む「学校ストライキ」を始めました。彼女の主張には多くの若者が賛同し、ストライキは世界中へと広まっていったのです。
グレタさんはさらに、同サミットで大人達をこう批判しています。
「あなた方は、私たちの声を聞いている、緊急性は理解している、と言います。(中略)私はそれを信じたくありません。もし、この状況を本当に理解しているのに、行動を起こしていないのならば、あなた方は邪悪そのものです」
まさに今、地球温暖化の影響が世界的に拡大しています。平均気温が上昇したことで干ばつや森林火災が引き起こされ、各地で頻繁に異常気象が観測されるようになりました。
地球温暖化について警告するグレタ・トゥーンベリさん
温暖化の影響は目に見えて出てきています。ですがグレタさんの言うように、私が住んでいるオーストラリアの政府を始め、どの先進国も現状を直視しようとしていません。たった17歳の少女が感じている地球規模の危機を、大人達はなぜ理解できないのでしょうか。
そんな時、「ビッグヒストリー」が大きな役に立ってくれるのです。この学問が与えてくれる広大な視野で世界を眺めてみれば、地球環境に今何が起こっているのかを、より深く理解できるはずです。
1つの物語を描く
これまでの歴史は、人類の歴史を追うのであれば考古学や人類学、生物の歴史を追うのであれば生物学、地球の歴史を追うのであれば地質学、宇宙・天体の歴史を追うのであれば天文学や物理学……というように専門分野によって細かく分かれてきました。「ビッグヒストリー」とは、それら各専門分野の研究成果をまとめ上げて、1つの物語として描き出そうとする試みです。そうやって宇宙全体の歴史を見渡すことで、人類や自分自身は一体どのような存在なのか――ということを考えていくものです。
宇宙の長い歴史から見ても、私達人類の登場は、大きな節目となった出来事でした。
ビッグヒストリーでは、宇宙の138億年の歴史を、8つの臨界(スレッショルド)で分けています。宇宙の歴史の中で全く新しいものが現れた8つの瞬間です。
順を追って挙げていくと、ビッグバンによる宇宙の始まり(138億年前)、恒星と銀河の出現(132億年前)、水素とヘリウム以外の元素の出現(同前)、太陽と太陽系の形成(45億年前)、地球上の最初の生命の誕生(38億年前)、ホモ・サピエンスの誕生(20万年前)、農耕の発明(1万年前)、化石燃料革命(200年前)です。
何億年、何十億年という単位はあまりに途方もなく、皆さんの中にもピンとくる人は少ないでしょう。そこで私は、宇宙の歴史を説明する時には、138億年を13年8カ月に縮めて説明することにしています。13年8カ月の時間軸で見ると、地球に生命が誕生したのは3年9カ月前、そしてホモ・サピエンスが誕生したのはわずか100分前となります。
宇宙のほとんどの場所は、生命が存在できる環境ではありません。金星は太陽に近すぎて水が沸騰してしまうし、逆に土星は太陽から遠すぎて全てが凍ってしまいます。地球で生命が存続することが出来たのは、地球が誕生時から数十億年もかけて、地表の温度を生物の存続に適したものに調整していったからです。
ホモ・サピエンスはわずか20万年前に現れた“新参者”にもかかわらず、その環境を一変させる存在となりました。単一の種がこれほどまでの力を持ったのは、地球の歴史上かつてないことです。
人間とチンパンジーの違い
人間はなぜここまで“異質”な存在となったのか――。
この問いは人文学の根幹を成すもので、これまで長年にわたって哲学、人類学、歴史学などの様々な分野の研究者が懸命に取り組んできています。ただ、問題があまりにも複雑で多岐にわたるので、はっきりとした回答を生み出すのは困難であるとされてきました。器用な手、大きな脳、社会性……様々な要素が検討されました。
そこでビッグヒストリーの視点によって、人間の歴史をより広い生物圏や宇宙の歴史の一部として捉えなおすと、私達の種の特徴がぐっと際立ってきます。
一般的に、人間に最も近いとされているのはチンパンジーです。チンパンジーはとても賢い動物ですし、DNAの塩基配列を見ても、約98.8%が人間と一致します。私達の種に分類される最古の頭蓋骨は、アフリカのエチオピアで発見されていて、およそ20万年前のものと見られています。この初期の人間を調べてみると、同時代に生息していた多くの霊長類・哺乳類とほとんど同等のものでした。
ですが1つだけ、些細な違いが存在したのです。初めは取るに足らないレベルだった違いは、時間の経過とともに拡大していき、やがて大きなインパクトをもたらすようになりました。
その違いとは「言語」でした。
もちろん、多くの生物はお互いにコミュニケーションをとることが可能です。例えばヒヒは鳴き声をあげることで、群れの仲間に捕食者の接近を知らせることが出来ます。しかし単なる鳴き声だけでは、情報の量や密度、正確さは限定される。動物の言語が共有できるのはごく単純な概念だけで、ほぼ全てが目の前の事実に関わるものとなります。
これまでチンパンジーに言語を教えようとした研究者は何人もいましたが、数百もの単語は記憶できたものの、構文や文法を使いこなすまでには至りませんでした。
それに対して人間は、限られた言語を無限に組み合わせることによって、様々な意味を生み出すことが出来ます。複雑なコミュニケーションが可能となり、目の前にないもの、抽象的なもの、架空の存在など、様々なことについて他者に語り始めました。
そうなると、言語を介して人々の間で有益な情報が共有され、それが世代を追うごとに蓄積されていくことになります。このメカニズムを「集合的学習」と呼びます。
集合的学習の素晴らしい恩恵を分かりやすく説明するため、私の経験を紹介します。自著『オリジン・ストーリー』の宣伝で来日した時のことです。ある日、腰を痛めてしまって病院に行きました。病院では医師から症状にあった薬が処方され、腰の痛みも治まりました。
この治療薬は人類の歴史の中で、患者や医師や研究者たちが「腰痛」に関する情報を集約・蓄積してきた結果、生み出されたものです。私は腰痛の治療薬の作り方なんて知りませんが、薬を飲んで腰痛を治すことは出来ます。個人で出来ることは限られていますが、人が大勢集まると大きな力を生むのです。
環境に関する情報を制御
では、集合的学習を獲得した太古の人間は、その能力をどのように役立てていったのか。
人間だけでなくあらゆる生物にとって重要なのは、自分が生活している「環境」についての知識です。例えば、どうしたら食べ物が得られるのか、どこに住めば安全なのか……という情報は生きていくために最低限必要になってきます。つまり私達は言語の獲得によって、環境に関する情報を集団で制御しようと考えました。以上を踏まえ、人類の歴史を辿っていきましょう。
初期の人間は、あちこちに散らばった小規模なコミュニティで移動しながら生活を営み、採集や狩猟によって、環境から必要な食料やエネルギーを得ていました。動植物や季節や地勢などの情報が次第に蓄積されていくと、より効率よく食料を集めることができるようになりました。
そうして少しずつ進化を積み重ねた結果、最初の巨大なイノベーションである「農耕」が始まります。人間はこれまで得た知識を活かし、自分達に都合のいいように環境に手を加え始めました。森林を焼き払い、川の流れを変え、土地を耕すことで、森や川や土地からより多くの資源やエネルギーを得ることが出来るようになったのです。さらに力をつけた人間は爆発的に個体数を増やし、勢力を拡大させていきました。
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