吉行淳之介 母は兄にべったりと
「驟雨」をついこの間読んだ。昭和29年に芥川賞を受賞した作品だ。
現在とは比べものにならないくらい地味に報道されたが、それでも、お兄さんが小説家だったと知った人達の為に、私はとても居心地が悪くなった。
しかも「娼婦」、いやあね、というのが多い。困った。
私は真面目な新劇の研究生、世の中の役に立つ作品を創っている側に属していた。
妹の理恵はミッションスクールの中学3年生、校庭で友達と話していたら、先生がその友達を連れていってしまった。それ以来、周りから白い目で見られ、友達はいなくなった。
しかし、そんなことがあったから兄の小説を読まなかったのではない。
兄は病気ばかりしていた。受賞の知らせがあった時も、結核の手術の為に入院していた。ひょろひょろに痩せて浴衣を着ている写真がある。
これから小説を書き続けていくのは大変だろうと心配した。
その後の私生活のゴタゴタも心配した。だから「ショウフ」とは関係なく、小説を読みはじめると、どうしても、一読者にはなれない。エッセイは平気で読めるのに、小説はダメだ。苦しくなる。
兄は作品が出版されると、離れて住んでいる私達の所に持って来てくれた。それも、母、私、妹と別々にだ。私達は同じ建物に住んでいるのだから、一冊でいいのにね、と言いながらも嬉しかった。
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