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日本人の謎の笑い――スマイル仮面症候群 中野信子「美しい人1」
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※本連載は第18回です。最初から読む方はこちら。
テレビ番組という場に出させていただくようになってしばらく経つ。テレビというのは視覚に訴えかける情報伝達を扱うという特性から、番組でご一緒した人には、一瞬で目を奪われるような美しい人がたくさんいらした。女優さん、モデルさん、タレントさん、アナウンサーの皆さん等々……美しさと一口に言っても、お顔立ちもそれぞれに異なり、性格的な側面と相俟って、どなたもその人にしかない魅力を形作っているように思える。
人間の持つ美の基準は脳の機能分化を見る限り、大まかに2種に大別できるようである。一つは時代性にあまり影響を受けることのない、普遍性を持ったもの、例えば、美しい風景や、夕日の美しさといったような美である。
もう一つは、容姿の美しさのような、見る側の感覚の個人差も大きく、場合によっては数年で変化してしまう、文化によってもかなり基準の異なる、移ろいやすい美だ。この二つは処理している脳機能領域が異なると考えられ、後者は善悪の判断を司る領域と一致している。
こんな風に書かれてもピンと来ない人が多いかもしれないが、つまり、ごくかんたんに言えば、美醜と善悪とを私たちは混同してしまいやすいということだ。
たとえば、感じの良い容姿の人が語った内容はさほど吟味されることなくあっさりと受け入れてもらえることが多い。しかしそうでない条件があるときには(必ずしも容姿ばかりでなく、それ以外にも、服装が適切でない、髪が乱れている、歯並びが悪い、などが相当するだろう)その話す内容への見方が変わってくる。
私たちは、相手を判断するための基準を持っておらず、上の条件にかなり左右されてしまう。これが色や音なら事情は違う。光の波長も音の波長も数値化することができ、それを測って比較することができる。けれど、人間は、そうはいかない。見た目で人を判断してはいけません、と窘められるほどには、それで判断してしまっているということになる。
人間というのは自分が思っているよりもずっと単純に愚かにできているのかもしれない。それでいて自分自身だけはそのトラップには掛からないものだ、合理的で賢いものだと思い込んでいる。これは面白い現象で、見ていて飽きるということはまずない。
美醜も善悪も、人間以外の動物の世界には存在するとは考えにくい価値基準である。にもかかわらず、人間が勝手に他の動物の振る舞いをジャッジして、動物は裏表がなく、ウソをつかないから人間よりも美しいだとか信頼できるだとかいう言説がしばしば繰り返し出現するのも興味深い。その言説を発している時点でその人物は既に騙されているといってもいいわけだが、その生物種は彼らに適した生存戦略を採用しているだけで、別に人間から美しいと思われようとしてわざわざそんな行動を取っているわけではない。人間に愛されることによって繁殖を有利にしようとする種でもない限り、そんなことをコストをかけてする必要はどこにもないからだ。
ただ、見た目以外にもその人を判断するために使っている形質が私たちにはいくらかある。その人の声や、匂いや、態度、振る舞い、そして使っている言葉である。
特に、所作の美しい人、行動の美しい人、言葉の美しい人は、容姿が良いだけの人よりもずっと支持され、多くの人から会いたいと望まれる。これらの形質は容姿のように年を経ることで衰えることがなく、むしろ年々美しくなっていく類のものだ。
これらの美しさは何のためにあるのだろうと考えるとき、私はメディアに出ている人のことを思い出すことがある。今だけなのかもしれないが、不思議なことに、美しい行動をして、美しい言葉を紡いでいる人は、かならず天の佑けがあるように見える。天というのもどこかとおくにある概念上の存在なのではなく、意外にも私たちの中にあって、美しい人を見ると助けたい、と思うように私たちはデキているのかもしれない。
(連載第18回)
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■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。