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家森幸男 身体と心の長寿習慣 世界最高の長寿食⑨
健康寿命を延ばす“知識のワクチン/文・家森幸男(武庫川女子大学国際健康開発研究所所長)
食以外の長寿習慣
本連載ではこれまで、世界25か国の長寿・短命地域で食べられているものと寿命の関係を明らかにしてきましたが、長寿の要因は「食」ばかりでもありません。
健康長寿には「食の健康」に加え「身体の健康」「心の健康」も大切です。今回は食以外の長寿習慣についてもお伝えしていきたいと思いますが、その分かりやすい例が香港です。
香港は厚生労働省が毎年発表してきた世界の平均寿命ランキングで2015年から2019年まで、5年連続で世界一を獲得してきました。2019年の統計では女性は88.13歳、男性82.34歳(2020年からは「特別行政区」としてランキングから除外された)。
香港は、札幌市ほどの面積しかなく狭いところに700万人以上がひしめき合って暮らしています。ゴミゴミとしたイメージもあり、一見、人が住む環境として理想的とは思えない場所なのに、なぜ世界一の長寿地域なのか不思議に思われる方も多いのではないでしょうか?
私たちの世界25か国61地域におよぶ長寿研究を、NHKが2006年に番組として放送したところ、それを見た中国中央テレビ(CCTV)からその中国版を作りたいと依頼がありました。
当時は、香港が日本に次いで長寿世界第2位になった頃でしたので、私たちは、ぜひ、香港の長寿の秘密を知りたいと提案し、2007年に下調べのためロケハンに行きました。結局、この番組は中国側の事情で放送されませんでしたが、私たちにとって大変実りあるものでした。
保存食を食べない香港
香港は、まず食べ物に大きな特徴があります。気候条件に恵まれ、1年中、豊富に魚介類や野菜、果物が取れるのです。
市場に行くと、生きたままの魚介類や、絞められたばかりの鶏、新鮮な野菜などがところ狭しと並んでいます。コオロギや、ゲンゴロウなどの昆虫食も当たり前です。
新鮮なものがすぐ近くにあっていつでも食べられるので、保存食にするための塩が必要ありません。
また新鮮な魚介や野菜は蒸すだけでも味わいが濃いので調味料も最小限ですみます。
新鮮なものしか食べないのは、「食は広州にあり」で有名な「広州」の食文化とも通じます。
私たちは広州へ二度、健診に訪れましたが、ほとんど高血圧の人がおらず、塩分摂取量は、男女平均で1日5.7グラム。当時のWHOの目標値だった6グラム以下でした。香港では実際の健診はできませんでしたが、おそらく数値的には広州のデータと近いと思われます。
さらに、香港には、中国全土から移住してきた人たちによる多様で豊饒な食文化もあります。
たとえば、以前紹介した、中国の最貧省に近いにも関わらず長寿地域として有名な貴州省・貴陽の大豆食文化。貴陽には種類豊富な豆腐や、干し豆腐を麺のようにした豆腐麺、納豆にいたるまで様々な大豆食品がありましたが、香港でも負けず劣らず大豆食品がよく食べられていました。
食卓には、蒸した豆腐を使った料理がよく出てきます。街角では豆腐を豆乳と一緒に食べたり、豆腐花(トウファ)と呼ばれるおぼろ豆腐に甘いシロップをかけたおやつや、昼食時には、豆腐麺をピリ辛味で食べていました。
また屋台では、豆腐を魚のすり身と一緒に焼いた「煎豆腐」とよばれるおやつが売っていました。
これは、大豆のイソフラボンとにがりのマグネシウム、そして魚のタウリンという3つの「長寿栄養素」が同時に摂れる、まさに理想的な食べ方です。
前回ご紹介したシルクロードのオアシスに住む長寿民族のウイグル族は、炊き込みごはんにドライフルーツを入れるのが特徴的でしたが、こういった乾物文化も香港には根付いています。たとえば大根を乾燥させた粉で作った「大根もち」。新鮮な食材を食する一方、保存に塩を使わず、栄養を凝縮した乾物も日常的に食べられているのが印象的でした。
6階建ての階段を歩く
香港はこのように「食の健康」に恵まれていますが、実は「身体の健康」でも恵まれています。それは「身体を動かさざるを得ない街」であるからです。
坂道が多くて車やタクシーを使いづらい地です。その分、公共の交通機関が発達しているので、それらを利用するため香港の人はどこへ行くにもよく歩きます。
さらに、住居地域が狭いので高層アパートが多く、2007年当時は6階建ての建物までエレベーターの設置義務もありませんでした。
ロケハン時に取材した90歳の男性も、エレベーターのないアパートの6階に一人で住み、毎日、自室まで、何度も階段を上り下りしていました。
実はこういった「運動」には当たらない、歩行や階段の上り下り、家事労働など日常生活の中での身体活動は、NEAT(Non-Exercise Activity Thermogenesis=非運動性熱産生)と呼ばれ、近年、生活習慣病や肥満の予防効果が注目されています。香港の人は、一見、不便に見える環境の中で、自然にNEATが多くなり、それが「身体の健康」を支えていると言えるでしょう。
さらに、もう一つ、香港で感じたのは、お年寄りの「心の健康」が保たれていることです。
香港では、同じ高層アパートの違った階に家族4世代くらいが居住しているケースも多く、家族で頻繁に集まって食事をします。
取材した90歳の男性も、普段はひとり暮らしですが、週に1回は子どもたちの家族が集まり、大勢で食卓を囲んでいました。儒教文化が根付いているので、食事の時もお年寄りに食べやすいものをサーブするなどの配慮が自然になされます。
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香港では家族一同が集まって食事(撮影:岩波映像、重森貝崙)
また、若い人がお年寄りの手を引いて歩いている光景にもよく出くわしました。
私も、香港の地下鉄に乗っていたら、高校生ぐらいの女の子が私の白髪を見てぱっと席を譲ってくれたことがありました。私自身は日本ではあまり経験しないことなので、香港で若い人にも敬老精神が息づいていることに感動しました。
行政でも高齢者が積極的に働けるような施策が取られており、ホテルの受付や喫茶店など、どこにいっても高齢の人がいきいきと元気に働いている姿を多く見かけました。
毎晩、宴会のジョージア
このようにお年寄りが社会で孤立せず、家族や友達との交流を頻繁に持っていることは、実は世界の長寿地域に共通する特徴でもあります。
たとえば、世界三大長寿地域として有名だったコーカサスのジョージアを健診のために訪れた時も、夜は毎晩、宴会でした。
一族の長老が乾杯の音頭をとりワインを飲んで盛り上がり、食事の後は、各人が音程を変えて、ハモって合唱する「ポリフォニー」を歌います。これはユネスコの世界無形文化遺産にも指定されている素晴らしい文化です。
私もこの時は小学校の時に習った『ヴォルガの舟歌』を日本語で歌って参加し、皆で飲んで歌うことで心がつながることを実感しました。
シルクロードの長寿民族であるウイグル族も、毎晩、宴会をして、歌い踊っていました。
「あのおじいちゃん、今日はいないけどどうしたの?」と聞くと「幼馴染のところに泊まりに行っている」ということがよくありました。
同じオアシスに生まれ育ち、一生そこで暮らす人が多いので、人との交わりがすごく濃厚なのです。
沖縄を超え長寿になったとされるハワイの日系人もそうでした。彼らの故郷の沖縄にはもともと「ゆいまーる」という互助組織があり、それがハワイでも保たれていました。ですから、ハワイで健診をやったときは、お年寄り同士、みんなで声をかけあって手伝ってくれたものです。
一方で日本のお年寄りは、孤独な人が多いように思います。
厚労省の調査では、65歳以上のいる「3世代で暮らす世帯」が、1986年には4割を超えていましたが、2019年には1割を切るまでに減りました。逆に「単独世帯」が28.8%と「夫婦世帯」が32.3%で6割を占めるまでになっています。
また、国立社会保障・人口問題研究所の2020年の調査によると、単身世帯の65歳以上の高齢者で、「人との会話が2、3日に1回程度」しかない人が、男性は約20%、女性は約25%に上ります。さらに「人との会話が2週間に1回以下」も、男性に16%以上もいることが分かりました。
孤独に見えるお年寄りが日本に多いのは、核家族化が進んでいることと、地域社会が壊れてしまったことが大きな原因でしょう。
新型コロナウイルス蔓延以降、日本のお年寄りはさらに孤独になっているように思います。
人との交わりは今、「ソーシャルキャピタル(人間関係資本)」といわれ、高齢社会に非常に重要なことと捉えられ始めています。ですからお年寄りが人との交わりを持てる社会にしていくことは本当に大事なことだと思います。人に会うために出かけることは運動にもなりますし、人との交流や交渉、それによって新しいことを学ぶのは認知症の予防にもつながります。
このように、健康長寿には、「食」以外にも様々な要因がからんでいます。
あと、印象に残っているのは、世界の長寿地域のお年寄りはみな健啖家で、いつも完食する方が多いことです。とにかく元気な方が多い。一方、日本のお年寄りは運動や人との交際など活動量が少ないためか便秘をしている人が多く、食が細い人が多いのも残念です。特にたんぱく質が不足すると、筋肉が弱り、寝たきりを引き起こす原因になります。
秘訣は健康だと思うこと
1988年にジョージアで開かれた国際学会で、米国デューク大学のアードマン・パルモア博士が発表された「長寿の社会心理学的要因」は非常に興味深い内容でした。
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