河野太郎・防衛大臣「初当選の頃から総理を目指してきた」
陸上イージス配備停止の問題で河野太郎防衛大臣の人気が上がっている。「ポスト安倍」3位に急浮上したのだ。Twitterなどでも積極的に自ら発信する河野氏の知名度は元々高い。次期総裁選をどうみているのだろうか。本人に聞いた。/文・河野太郎(防衛大臣)
山口と秋田の皆さんのことを第一に
「これは配備を止めるしかないな」
私が、山口県のむつみ演習場に配備予定だった「イージス・アショア」の「ブースター問題」について、事務方から報告を受けたのは、6月3日のことです。
それまで政府は、迎撃ミサイル「SM-3ブロックⅡA」のブースターを周辺の民家に落下させないよう、風向きなどを計算して軌道を修正した上で、演習場内に落下させると説明してきました。ところが5月下旬、米国側と協議を進める過程で、そのように落下させるには、ハードウェアを含めたシステム全体の大幅な改修が必要だと判明したのです。
河野氏
ハードウェアの改修となると、少なくとも約2000億円のコストと12年前後の期間が必要となる可能性があると考えられます。しかし、それだけのコストと期間をかけて、落下範囲をコントロールできても、ミサイルの性能自体が向上するわけではない。我が国周辺の安全保障環境を考えると、このコストと期間をかけて、改修を行うことは合理的ではないと判断しました。
安倍晋三総理にもいち早く報告しなければならない。そう考えた私は翌4日、総理の元を訪ね、状況を報告しました。山口県は総理の地元です。総理自身もそれまで「演習場内に落とします」と説明してきたわけですから、大変驚いておられた。その日のうちに結論は出ませんでしたが、6月12日、私は再び総理の元を訪ね、「配備プロセスを停止すべきです」と報告し、了解を得ました。そして、3日後の15日に配備プロセスの停止を公表したのです。
安倍首相
野党の批判を浴びないために、6月17日の国会閉会直前に公表したのでは、との見方もあるようですが、全く当たりません。むしろ16日が衆院安全保障委員会の最終日でしたから、「15日まで」に公表し、委員会の場できちんと質問に答えるべきだと思っていました。
公表にあたって第一に考えたのは、山口県と秋田県の皆さんのことでした。イージス・アショアを巡っては、秋田県の新屋演習場に関する調査報告書のデータに誤りが発覚するなど、地元の皆さんにご迷惑をかけ、前任の岩屋毅防衛大臣がお詫びに行かれたという経緯もあります。
米国の意向は無関係だ
だからこそ、今回の決定が人づてに山口県と秋田県に伝わるような事態は絶対に避けたかった。そこで党内への根回しよりも、まずは両県にブースター問題を真摯に説明し、その上で記者会見を行うことが大事だと考えました。二階俊博幹事長からは「何の相談もなく一方的に発表された」と苦言を呈されましたし、防衛に精通しておられる先生方からも厳しい言葉を頂いた。ただ、党への報告が遅れたのは、今申し上げたような事情があったのです。
もちろん、配備に尽力頂いた党の皆さんへの説明も欠かせません。6月25日には党の国防部会に出席し、頭を下げてまいりました。
思わず声を震わせたのは、昨年の参院選で議席を失った中泉松司さんに触れた時です。秋田選挙区の中泉さんは厳しい批判を浴びながらも、イージス・アショアの必要性を懸命に訴えて下さった。配備プロセス停止の判断がもっと早ければ、選挙の結果は変わっていたかもしれません。そうしたことを考えると、本当に申し訳ない気持ちで一杯になったのです。
一方、今回の配備停止で、米国との信頼が損なわれてしまうのではないか――そんな懸念を示す声もあります。確かにトランプ大統領は「バイ・アメリカン(米国製品を買おう)」を掲げ、日本にも米国製品の輸入を迫ってきました。しかし、イージス・アショアの導入はそうした米国の意向とは無関係です。
そもそも導入を決めたのは2017年末ですが、その年の夏に北朝鮮が日本上空を飛行する弾道ミサイルの発射を繰り返すなど、我が国では新たな迎撃システムの構築が急務でした。また、「陸上」のシステムであるイージス・アショアを導入すれば、「海上」で東シナ海などの警戒にあたるイージス艦の乗組員の負担も軽くなる。そうした状況を総合して、導入に踏み切ったわけです。
防衛省
私は今でも、ブースター問題さえ起きなければ、イージス・アショアの配備を進めるべきだと思っています。新型コロナウイルスの感染拡大がなければ、もっと早く山口県に配備のお願いに行く予定でしたし、東北では新屋演習場を含めて20カ所の再調査を進め、ゼロベースで配備先を決めようと考えていました。
しかしながら、配備プロセスを停止する以上、「次の手」を考えなければなりません。
現在、政府では、日本を守り抜くために抑止力、対処力をいかに強化すべきか、安全保障戦略のありようについて徹底的に議論しています。それほど日本を取り巻く安全保障環境は厳しくなっているのです。
潜水艦の「国籍」を公表
私が今、最も懸念しているのが、「中国」を巡る問題です。
中国の国防予算はこの30年間で44倍、直近の10年で2.4倍に増えました。20年の国防予算は、公表された数字だけで20兆円を超え、今年5月の全人代でも、コロナ禍で経済が減速しているにもかかわらず、国防予算を前年比6.6%も増やす方針を明らかにしている。対して、日本はどうか。防衛関係費はこの20年間、ほぼ横ばいで、20年度の予算は5兆円程度に留まります。
戦闘機の「質」「量」の面から見ても、彼我の差は明らかです。中国は、高度な機動性とステルス性を持つ、いわゆる第4・第5世代戦闘機を91年まで保有していませんでした。しかし国防費の急増に伴い、第4・第5世代戦闘機の調達も一気に進み、今では1080機保有しています。かたや、自衛隊の保有する第4・第5世代戦闘機は309機。かように、日中の「能力ギャップ」は大きくなっているのです。
そうした中で最近、武器を搭載した中国公船による尖閣諸島周辺の領海への侵入、あるいは接続水域への入域が毎日のように続いています。
6月18日には、中国海軍のものと推定される潜水艦が奄美大島沖の接続水域を浮上しないまま、西進しました。自衛隊の情報収集活動において潜水艦に関するものは秘匿性が高く、通常は「国籍」まで明らかにはしませんが、私は記者会見でこの事案を公表しました。今、日本の周辺で何が起きているのか、国民の関心を高めることも必要だと判断したのです。
こうした中国の活動に直面しているのは、日本だけではありません。
今年2月にはフィリピン軍艦艇がレーダー照射される事件、4月には中国公船とベトナム漁船が衝突し、沈没する事件が起きました。その直後、中国は南シナ海に新たな行政区を設けることを発表し、ベトナムやフィリピンは猛反発しています。6月に入ると、今度はブータン東部の領有権を新たに主張し始めました。中国による「一方的な現状変更の試み」が、あちこちで行われているのです。
そして6月30日には、香港への統制を強化する「香港国家安全維持法」が施行されました。G7でも「重大な懸念」を示す共同声明を発表しましたが、こうした暴挙を放置してはなりません。
かかる状況下では、今まで以上に中国の「能力」と「意図」を注視していかなくてはなりません。「一方的な現状変更の試み」が日本にも向けられているのならば、我々もそれに対峙していく必要が出てきます。
日中間はまだ一触即発という状況ではありません。そうした事態に至らせないためにも、中国の国防当局とは、偶発的な衝突を回避する仕組み「海空連絡メカニズム」の構築を進め、当局間のホットライン開設を目指すことで合意しています。
ところが、このコロナ禍で議論がなかなか進みません。戦闘機同士の共同訓練ならともかく、感染防止を考えれば、隊員同士の交流などは難しいのが実情です。ただ、それは中国に限らず、どこの国が相手でも同じこと。コロナが少し落ち着いた段階で、日中の防衛交流についても再開させていきたいと考えています。
歴代国防長官の自伝を読んで
国防費を増やし続ける中国に対して、日本の厳しい財政状況を鑑みれば、防衛予算が飛躍的に増えていくことは考えにくいでしょう。昨年9月、外務大臣から防衛大臣になった際、予算額がずいぶん大きいなと密かに思っていたのですが、防衛省のほうが遥かに予算がきついことに気づいて愕然としました。
本当に必要なものは何か、優先順位をしっかりつけていくことが大事です。例えば、「防衛装備品の調達」。弾薬や艦艇の機材など装備品の予算が限られている中で、どのように調達していくのが合理的なのか。
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