見出し画像

「高市カード」は安倍の爆弾か? 赤坂太郎

茂木と林が台頭する中、自民党内の権力抗争は静かに変容している。/文;赤坂太郎

安倍の目前の席に座ることに

衆院選で絶対安定多数を確保した首相の岸田文雄。支持率は60%超、野党は四分五裂で、一見、順調に映る。だが、自民党の奥の院では、権力の屋台骨が変容する異音が不気味に響く。

「一気にここまで駆け上がってきましたねえ、林さん」

政治決戦での勝利の余韻も冷めやらぬ11月10日、衆院本会議場。議員席の最上段からは安倍晋三、麻生太郎、菅義偉ら首相経験者や長老が立法府の聖域を睥睨する。安倍の目前の席に座ることになった当選1回生は、参院から鞍替えした林芳正だった。参院議員5期の経歴から衆院で当選10回以上にカウントされ、最長老の一歩手前の座に上り詰めたのだ。

おずおずと着席しようとした林に安倍がかけたのが、冒頭の言葉だった。称賛とも皮肉とも受け取れる発言に、周囲は作り笑いの渦に包まれた。

林は自民党が野党に転落していた2012年の自民党総裁選に岸田よりも先に立候補し、参院議員としては極めて異例の5回も閣僚を務めた。岸田にとっては同じ派閥、宏池会内の最大のライバルである。岸田は親しい国会議員と酒を飲むと、東大受験に3度も失敗した自分とは対照的に、東大法学部と米ハーバード大学ケネディスクールを卒業した超エリートの林を引き合いに出す。交錯する嫉妬と警戒感。「衆院に鞍替えして首相を目指す林さんの動向には敏感にならざるを得ない」と心情を吐露することもあった。

だが、今回その林を外相という重要ポストに登用するとの岸田の決断は極めて早かった。官房長官も幹事長も他派閥に渡していることから、岸田派内には重要閣僚を自派で取りに行くべきだとの意見が強い。その場合、派内の混乱要因を取り除くためにも、派内で岸田に次ぐナンバー2の座長を務める林の起用以外に選択肢はない。同時に、首脳外交が定着している現在、外相ならば首相の自分が林の活動に制約をかけることも容易だ――というのが、自らも首相の安倍の下で5年近くも外相を務めた岸田の目論見だった。

難関はただ一つ、岸田政権の後見役を自任する安倍と麻生から、反対の意向を伝えられたことだった。岸田は早くも第二次内閣発足の5日前、11月5日には林を起用する腹案を安倍、麻生に電話で伝えた。だが、いずれも岸田の判断に驚愕し、難色を示した。

一連の報道では、ともに山口県下関市を地盤とし、先代の時代から林とライバル関係の安倍がより強硬に反対したとされているが、実際は異なる。

画像1

林氏

「林外相」に猛反発した麻生

安倍は第二次政権以降の自らの内閣で林を3回も閣僚に起用するなど、その能力を高く買っている。さらに自民党山口県連内では、次の首相候補として林に期待する声が高まっている。

他方、山口県では次期衆院選から小選挙区の数が現在の4から3に減る見通しだ。このため、安倍は今回の衆院選で下関市を離れて隣の選挙区へ移った林と手を結んだ方が、将来、自分が引退する際の後継者選びなどで得策だとそろばんを弾く。すでに県連の実力者である県議会議長らを通じて事実上の「手打ち」がなされているという。つまり安倍にとって、腹の中では政争のわだかまりは消えてはいないものの、林との「打算の同盟」は不可欠なのだ。

実は、最後まで反対の姿勢を崩さなかったのは麻生のほうだった。安倍にも連絡を取り、反対で足並みを揃えるよう働きかけるほど猛反発した。

「米国やEUが中国に対して極めて厳しい姿勢に転じている中、林の起用は国際社会に誤ったメッセージを与えかねない。考え直した方がいい」

麻生は、日中友好議員連盟会長の林が「対中融和派」と見られているとし、難色を示した。林が参院からの鞍替え直後であることも理由に挙げた。

だが岸田は珍しく一歩も引かなかった。それは麻生が反対する真の理由が別にあると分かっていたからだ。地元の福岡県連で自分と長年対立してきた前宏池会会長の元幹事長・古賀誠と林が深い関係にあることが気にくわないからだと見抜いていたのだ。

林を溺愛する古賀は、「反岸田」の前首相・菅とも潜在的に繋がっている――だからこそ、岸田は林を閣内に取り込み、派閥内の波乱要因を取り除きたいと画策したのだ。

「申し訳ありませんが、林さんに決めさせていただきます」。岸田は衆院選後の第二次内閣の発足直前、麻生に最終決断を決然と伝えた。「決められない男」と揶揄された岸田が解散・総選挙という試練を乗り切り、大きく変わったことを内外に示した瞬間だった。

画像2

麻生氏

茂木が警戒する「菅」の影

衆院選の小選挙区落選で幹事長を辞した甘利明が去り、「力の空白」を埋めたのが、新たに幹事長に就任した茂木敏充だった。

「結果的に茂木幹事長になって本当によかった」。甘利の後任に茂木が決まった際、安倍は側近たちを前にもろ手を挙げて歓迎する考えを示した。

安倍はそもそも自民党総裁選直後の人事に強い不満を抱いていた。とりわけ甘利の幹事長就任には「甘利さんは政策には明るいが、あちこちに目配りが必要な幹事長には全く向いていない。岸田さんはそれを分かっているのかね」と不快感を隠さなかった。

だが、この不満の根源は岸田の安倍に対する態度にあった。幹事長を甘利に決めた際、岸田の安倍への連絡が遅れ、安倍が電話で報告を受けたのは、マスコミの報道後。安倍は「一体どうなっているんだ」と、報告の遅れに苛立った。ところが一転、甘利の後任に茂木を決めた際の岸田の電話連絡は迅速だった。しかも安倍は茂木の能力は以前から買っていた。安倍は今回は岸田本人にも「それは良い考えだ」と即座に賛意を示した。

茂木のパワハラ癖は有名だ。岸田自身も「茂木さんを幹事長にとの考えを示したら、党職員や役人から『それだけは勘弁してほしい』と強い反対の声があちこちから聞こえてきた」と周辺に漏らしているほどだ。そんな茂木は今回、旧竹下派の会長ポストも手中に収め、ポスト岸田の筆頭に躍り出た。

議員を辞めた後も参院自民党のドンとされる青木幹雄が茂木の会長就任の最大のハードルと言われてきたが、これまで青木の意を体してきた派内の参院側実力者・石井準一らが茂木の会長就任を受け入れたのはなぜか。

「青木さんは壊れたテープレコーダーのように『将来、小渕優子を会長にするとして、とりあえずつなぎは船田元でいいじゃないか』と同じことを繰り返してばかりだ。だが“船田会長”を積極的に支持する者はいない」

茂木派への衣替え直前、幹部はこう漏らした。もはや衰えの目立つ青木の言うことを聞くよりも、資金を握る幹事長の茂木を会長にすれば、来年夏の参院選の「弾込め」にも不足はない――そんな空気が参院サイドに広がっていたのだ。

ここから先は

1,866字 / 3画像
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…