特集 HIMALAYA ヒマラヤからの神託
“世界の屋根”と称されるヒマラヤの山々に魅了される者は多い。「その美しさがここ数年、変わってきた」と写真家の谷口京は語る。地元ネパールの人々も同じことを感じるという。/写真=谷口京
ヒマラヤ山脈で標高約8848mのエベレストが、もっとも最後まで夕日を浴びる。右は標高世界第4位のローツェ
写真家として15年以上前から、ヒマラヤ登山や氷河遠征のためネパールを訪れています。国土の半分近くをヒマラヤ山脈が占め、名峰がひしめいています。
東京から首都カトマンズまでは直行便で8時間ほど。ネパール上空に入ると美しい山々が見えます。世界一標高の高いこの地は約5000万年前にインドがユーラシア大陸に衝突し、隆起してできました。隆起は今も続き、山は年々高くなっています。山群はどこも天空へと聳え、現実のものとは思えないほど圧倒的な存在感。特に氷河遠征時に深い谷底から7000メートル級の山を見上げると、あまりの神々しさに大勢の女神に囲まれたようです。ネパールのかたが神と崇める気持ちがよくわかります。
世界中の山を見てきましたがここはまさに聖地。むきだしの地球の美しさが感じられます。
20世紀に英国探検家ティルマンが「世界一美しい谷」と称えたヒマラヤ中央部ランタン渓谷をさらに北東へ遡上。数々の氷河を越え、出発5日目に最奥地ランシシャ渓谷に到着
ネパールの人々はヒマラヤとともに生きる。狭い国土のため山間部では耕せるところはすべて耕し、棚田が広がる。だが2015年に大地震が発生。遠征最後によく訪れるチムティ村も土砂崩れの被害に
カトマンズの火葬場。死者の魂は風に乗ってヒマラヤへと還る
ヤクを放牧する農家は乾季には山小屋となり、登山者達が宿泊する
ヒンドゥー教徒やチベット仏教徒が集い、町中で毎週祈りを捧げる
夕暮れどきのカトマンズで、仕事を終えた人々が北方の稜線を眺めながら戸外でくつろぐ。ただ近年はひどい大気汚染の影響で、写真のようにきちんと山が見える日はあまりない
2016年にヤラピークという山に登頂する予定でしたが、雪や氷河が消えていて断念しました。氷雪がないと登りやすそうですが、山肌が不安定で落石や土砂崩れの危険が高まります。そこでランシシャ渓谷へ向いました。しかしどこも氷河が激しく後退し、厚みも減っていました。同時期に日本のある大学も地質調査で氷河遠征を予定していましたが、断念しました。
失われた氷はどこへいくのか? 最近は洪水となって甚大な被害を与えています。今年はインド北部の村が冠水しました。ネパールのシェルパたちも「雪ではなく雨が降る」「乾季と雨季が不規則になってきた」と憂えています。地球の温暖化は、国を超えて世界中に影響を及ぼしています。特に極地では表面化しやすい。ヒマラヤは気候変動に敏感に反応しています。
10年ほど前のランタン渓谷最深部の様子。月明かりに照らされた氷と雪が静寂な谷間を埋め尽くす(2009.12.13.)
右ページと同じ場所が土砂だらけで乾き、瑞々しさを失っていた。以前は春でも氷に覆われていた(2016.4.20.)
ここから先は
文藝春秋digital
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…