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旬選ジャーナル<目利きが選ぶ一押しニュース>――八木澤高明

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八木澤高明(ノンフィクションライター)

【一押しNEWS】中村医師は「不条理に対する復讐」をした/12月16日、AERA(筆者=古田大輔)

 昨年12月4日、アフガニスタンで緑化事業や医療事業に従事してきた中村哲医師が同国・ナンガルハル州ジャララバード近郊で何者かに銃撃を受け、殺害されるという痛ましい事件が起きた。

 古田大輔さんの記事を読んだのは、その悲報から数日後のことだった。

 記事によれば、中村医師がアフガニスタンと関わるきっかけは、1978年に知人に誘われて、山岳会のパキスタン遠征に医師として同行したことだった。昆虫採集が趣味だったこともあり、珍しい蝶がいるという言葉に惹かれたのだという。

 そこで眼前に現れたのは、珍しい蝶ではなく、結核やハンセン病といった、経済成長を成し遂げた日本では既に忘れられていた病に苦しむ人々の姿であった。

 現地に身を捧げる動機について、「余りの不平等という不条理に対する復讐(ふくしゅう)でもあった」という中村医師の言葉が記事では引用されていた。

 私には、その言葉がずしりと胸に響いた。というのは、かつて取材したネパールでの日々を思い出したからである。

 2006年に和平合意が結ばれるまで、アフガニスタンと同じ南アジアのネパールでは、毛沢東主義を掲げていた反政府武装組織ネパール共産党毛沢東主義派が、政府に対して武装闘争を繰り広げていた。

 彼らは暴力を是とし、彼の地に蔓延る貧困や不平等を取り払おうとしていた。

 毛沢東主義派が根拠地としていたのは、人力だけが頼りの西ネパールの山村であった。実際に現場を歩いてみると、村人たちはひとたび病気になれば、病院のある町まで、2日も3日も病人を担いで歩かなければならなかった。怪我をした子供を連れた母親が、化膿しかけていた子供の手を見せ、薬はないかと訪ねてきたこともあった。村の若者たちは、農具を捨て銃を握るようになり、武装闘争に身を捧げ、私が取材した18歳の女性は戦闘で命を落とした。

 10年以上続いた内戦の後、西ネパールの村々を再訪すると、そこには内戦中と同じ日常が広がっていた。

 共産党の幹部たちは、「革命を成功させれば生活が豊かになる」と言っていたが、農民たちの主食は、相変わらずトウモロコシを粉にして作った無発酵の何の味もしないパンだった。

 何も生み出すことはなく、若者の命だけを奪った武装闘争の虚しさを西ネパールで見た。

 何者の命も奪わず、アフガニスタンの砂漠化した土地を緑地に変え、人の命を救い続けていた中村医師の活動は、私が言うのもおこがましいが、何物にも代えがたい尊い行いだった。

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