船橋洋一の新世界地政学 ブレグジット後の「ドイツ問題」
今、世界では何が起きているのか? ジャーナリストの船橋洋一さんが最新の国際情勢を読み解きます。
昨年末の英総選挙で、ボリス・ジョンソン首相の率いる保守党が圧勝したことで、2020年1月末の英国のブレグジット(EU離脱)がほぼ確実になった。
ブレグジットは、英国の行方にとどまらず、欧州の今後の針路にも大きな影響を及ぼすだろう。なかでも、ドイツとフランスのパワー・バランスを変化させる可能性が強い。
冷戦後、ドイツとフランスの経済力はますますドイツ優位になり、地経学的なパワー・シフトが起こった。
ドイツは、旧東独の安価な労働力を産業の現場に組み込み、シュレーダー労働改革によって賃金上昇を抑え、中国台頭の波に乗って対中輸出を飛躍的に増大させ、さらにユーロの創設後は域内外を問わずに黒字を稼いだ。1997年から2007年までドイツの他のユーロ国に対する貿易黒字は4倍に膨れ上がった。ユーロはドイツの“打ち出の小槌”となった。冷戦終結後30年間でドイツの株価は7倍に上昇した。
しかし、リーマンショックがこうしたドイツの“1人勝ち”ゲームに終止符を打った。ギリシャ危機に当たってドイツが緊縮一本槍の強硬姿勢を取ったことで、ギリシャを初め南欧諸国からの反独感情が噴出した。ドイツの頑なな姿勢は、ドイツやオランダなどの北とギリシャ、スペイン、イタリアなどの南の間の南北対立を招いた。
さらにシリア難民の受け入れ割り当てをめぐって、ドイツはヴィシェグラード4カ国(ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア)と激しく対立した。難民問題は、東欧・中欧諸国に非自由主義的なポピュリズム政治と欧州における東西対立をもたらした。
冷戦下の欧州は、「米国は内(in)、ロシアは外(out)、ドイツは下(down)」の黄金律によって「長い平和」が保たれたと言われた。NATO(北大西洋条約機構)により米国が西欧の安全保障の礎となり、ソ連に対する抑止力を保証した。ドイツは東西に分断され、歴史問題の重荷を背負った。ドイツは冷戦期、経済大国となったが、地政学的にはシビリアン・パワー(民生大国)に留まった。冷戦後、ドイツの地経学的パワーはさらに強大になったが、地政学的には「逡巡する戦士」(reluctant warriors)であり続けた。
しかし、トランプ政権の誕生と英国のEU離脱がドイツを根底から揺さぶっている。メルケル首相は2017年5月、「われわれが他者に完全に頼ることができる時代は終わった。われわれ欧州人は自らの運命を自分たちの手に取り戻さなければならない」と語った。
彼女がここで言おうとしたことは、ドイツが欧州の安全保障についてもリーダーシップを発揮する時が来たということ、そして、強いドイツがドイツにとっても欧州にとっても求められているということ、である。にもかかわらず、ドイツの国民の大方はドイツがそのような役割を果たすことになお否定的である。
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