新型インフル特措法改正は、政権のメンツのために行われた|森功
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※本連載は第11回です。最初から読む方はこちら。
なぜ政府のコロナ対策は後手に回っているのか。今回は内閣官房の組織づくりからその疑問を考察してみる。安倍政権が感染症対策の司令塔と位置付け、「新型コロナウイルス感染症対策本部の設置」を閣議決定したのが1月30日。これ自体、かなり遅い。おまけに対策本部が立ちあがってからもおよそひと月、司令塔が機能してきたわけではない。
実は対策本部に関する閣議内容そのものが、2度も改正されている。それにより、対策本部の「設置期間」が最初の閣議決定から2カ月もあとの<令和2年3月26日から>となっている。その理由について、ある関係官僚が解説してくれた。
「最初の1月30日の閣議決定では、この設置期間の記載がありません。コロナ対策にあたり、どの法律を根拠に対策本部を設置して対処するか、定まっていないことを意味します。想定される法律としては民主党時代に成立した新型インフルエンザ対策特別措置法(特措法)なのですが、安倍政権はコロナが新型インフルエンザではないので新型インフルエンザ特措法の法解釈のみそのまま使えないと主張してきたから。つまり野党案を丸呑みしたくなかったからです。法改正して改めて自分たちが新型コロナ対策の法律を据えたのだという形にこだわり、最初の決定からずれ込んで3月からの設置期間となったのです」
さすがに2月に入って専門家会議のメンバーを閣議決定し、対策本部の方針を打ち出しているが、新型コロナウイルスを新型インフルエンザ特措法の対象に加えるとする改正法が参院本会議で成立したのは3月13日のこと。それに応じ、当初の閣議決定が17日と26日の二度にわたって改正されている。いわば政権のメンツのために法改正という段取りを踏んだわけだ。が、その間、司令塔組織である対策本部の拠って立つ法的根拠があいまいなままだった。それもコロナ対策が後手に回った原因である感が否めない。
予定されていた春の習近平国家主席の訪日や夏の東京五輪の延期に翻弄され、コロナ対策に集中できなかったというほかない。その習近平訪日の延期が決まったのが3月5日、東京五輪の開催が来年と発表したのは3月24日だ。1月初めに国内で新型コロナ肺炎の発生が確認されて以降、安倍首相が陣頭指揮に立っている姿は2月末の小中高校の全国一斉休校ぐらいで、ほとんど見かけなかった。
この間、官僚たちのコロナ対策はどうなっていたのか、といえば、1月31日に対策本部の事務方として「新型コロナウイルス感染症対策本部幹事会」が内閣官房に設置された。それは関係部署が集合しており、例の「健康・医療戦略室」からも室次長として大坪寛子が参加してきた。安倍政権の発足した翌2013年早々、感染症対策をはじめとして先端医療の研究を掲げて鳴り物入りで内閣官房に設置された健康・医療戦略室は、官邸官僚の一人と目される首相補佐官の和泉洋人が事務方トップの室長となり、大坪を参事官から内閣官房内閣審議官・室次長に抜擢した。和泉・大坪コンビはさまざまに報じられているので、ここで詳しく繰り返すまでもないだろう。とりわけクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」対策に乗り出したのが大坪であり、やがて不祥事が相次いだうえ、コロナ対策でも評価を得られず、3月末に内閣審議官と健康・医療戦略室次長の任を解かれてしまった。
これらの失態は、司令塔である対策本部の立ち上げやその本部長である安倍首相の動きが鈍かったせいといえる。前回に書いたように従来、内閣官房の感染症対策部署としては、新型インフルエンザ等対策室と国際感染症対策調整室があり、中国・武漢の新型肺炎発生からしばらく、この二つの室の22人で情報収集にあたってきた程度だ。その中で1月下旬、武漢の邦人救出のためのチャーター便を飛ばしたのが唯一素早い対応だった。内閣官房組織でこれを担ったのが、事態対処・危機管理担当(事態室)である。事態室は防衛省出身の内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長の前田哲の指揮の下にあり、そこまでは危機管理対応として機能していたといえる。が、その先の対応が遅れているのである。
新型コロナウイルスをどう封じ込めるか、感染症対策の官僚組織という点では、先の健康・医療戦略室のほかに、もとからあった新型インフルエンザ等対策室と国際感染症対策調整室の人員が集まり、ようやく「新型コロナウイルス感染症対策推進室」(新型コロナ対策室)が立ち上がった。ここも形の上では、対策本部の事務方として補佐すべく組織されているが、新型コロナ対策室が設置されたのは3月24日の閣議決定によるもので、いかにも遅い。事実上、従来あった二つの室はそのまま存続させ、人員が兼務する組織になっている。
つまるところ厚労省中心の新型コロナ対策室や先端研究の健康・医療戦略室、防衛・警察の事態室、と対応部署は3月までバラバラに動いてきた感がある。コロナ対策が後手に回ったのは、司令塔の対策本部が機能していないからにほかならない。かくしてアベノマスクや給付金問題で迷走してきたのである。(文中敬称略)
(連載第11回)
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■森功(もり・いさお)
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。
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