東京都墨田区のワクチン接種率が高い理由|専門家、コロナを語る。(3)西塚至(墨田区保健所長)
新型コロナの感染状況を大きく改善させる期待がかかるワクチン接種のオペレーションで、全国トップクラスの進捗率で注目されているのが東京都墨田区だ。
少なくとも1度は接種を受けた高齢者の割合が65%、2度目を済ませた割合は32%と全国の3倍以上の水準に達している(6月15日現在)。
6月28日には64歳以下の接種をスタートさせる。大阪でアルファ株(英国型変異株)が猛威をふるった4月には区独自で変異株PCR検査をはじめるなど素早い対応が注目された。その秘密はどこにあるのか、中心にいる墨田区保健所の西塚至所長に訊いた。/文&写真・広野真嗣(ノンフィクション作家)
西塚氏
「全国の3倍以上」の秘密とは
——墨田区の接種率の加速がすさまじい。
「5月1日の予約開始当日こそシステムへの接続不具合があったものの、その後は順調に流れ、6月1日には東京23区で最も早く64歳以下の接種券を発送できました。大きな医療機関が少ないという土地柄もあって、メインになるのは集団接種。区役所を含めた4か所の集団接種の施設を中核にして、7つの病院がこれを補ってくれています。
さらに28日からは、東京スカイツリーに隣接したビルやホテルなど集団接種の会場を新たに4か所設置して、平日夜間と土日祝日限定の集団接種会場を設けます。ここでは64歳以下、仕事帰りの若い世代の希望者にワクチンを受けてもらう体制を整えます。これで、来年2月を予定していた全ての世代の希望者へのワクチン接種完了目標を9月末に大幅に前倒しできると考えています。
墨田区でワクチン接種がうまく回っている理由の一つは、墨田区が都や医師会に丸投げしなかったこと。会場確保や医師会・薬剤師会などとの調整も含め、区が主催者として積極的に動いたのです。
もう一つは、情報発信です。『どれだけの枠をどんな日程でこなすか』といった情報を逐一、区民に提供し、最近では区のツイッターアカウント(@sumidaku_kouhou)から、各接種会場で生じた予約枠の空きやキャンセル情報をこまめに発信するようにしています。こうした発信を通じて、区民との間でワクチン接種に対する信頼が生まれたように感じています」
——医師会と行政の関係も注目される。
「墨田区は、コロナの前から地元医師会と行政の関係の良さには自負があります。昔からの下町で大きい病院が少ない代わりに日頃から在宅医療を担う開業医や訪問看護師の使命感が強い。医師会の組織率も9割近い。東京都全域だと7割、23区で5割程度というのと比べると歴然で、集団接種会場で打ち手として、あるいはクリニックでの個別接種でも力を発揮しています。
裏を返すとそれぞれのクリニックは小規模のため経過観察のためのスペースは十分に確保できない。そこを区が集団接種会場を先んじて用意することで補いあって『総力戦』を展開できた。普段からの地域力が好循環を生んだように思います」
——すでにワクチンの効果は見えているのか。
「はい。これまで高齢者施設でのクラスターはたびたび起きていましたが、5月は一つも起きていません。また市中感染でも高齢者が15%ほどを占めていましたが、最近では1〜2%にまで低下した。激減といってもいいと思います」
「あれと同じだ、とピンときた」
——東京都では陽性者が急増した昨年12月から1月にかけての第3波で入院待機者が一時7700人を超えたが、墨田区では1月下旬以降、入院待機者ゼロが続く。これも墨田区の特徴だ。
「病床確保には心を砕きました。昨年12月1日時点で111床にとどまっていた区内のコロナ向け病床の数が、現時点で190床と第4波に向け1.7倍に増えました。
第一に重症者を含めて受け入れる感染症指定医療機関、都立墨東病院の病床を50床規模から倍増してもらったこと、第二に2か所しかなかった区内の重点医療機関(民間)を4か所に増やしたこと、第三に従来からの重点医療機関でも病床を増やしてもらったこと。
それぞれに区からも働きかけたのですが、加えて力を入れたのが『後方支援ベッド』の導入です。
ここから先は
文藝春秋digital
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…