肺がん「トレンドは小さく切る」 坪井正博
肺がん治療は選択肢が広がっている
日本国内のがん死亡者数でもっとも多い「肺がん」。2020年の肺がんによる死者数は、男性が約5万3000人で1位。女性も約2万2000人と、大腸がんに次ぐ2位となっています。
「肺がん」と一言でいっても、そのタイプは十人十色。患者さん一人ひとりが、自分に合った治療を選択することが大切です。
特に近年は肺がん治療において、外科領域と内科領域で大きな変化が生まれ、選択肢が広がっています。従来なら諦めざるを得なかった進行がんでも、長期の生存を目指せる時代になりました。その最前線を紹介したいと思います。
まずは早期がんについて。最近はCT検査が普及したこともあり、小さながんでも見つけられるようになりました。CTによる肺がん発見率は、エックス線より10倍以上も高く、発見される肺がんはほぼ早期がんとなっています。ですから、特に異常のない人でも、40〜50歳未満は5年に一度、50歳以上なら少なくとも3年に一度、そして50歳以上で重度喫煙者なら年に一度のCTによる検診をお勧めします。
腫瘍が小さい状態ならば、多くの場合手術が可能で、根治の確率も高くなります。早期がんの手術のトレンドは、「縮小手術」。これは、なるべく正常組織を残して、切除する範囲を小さくする手術のことです。
左右の肺を詳しく見ていくと、右の肺は上葉・中葉・下葉の3つ、左の肺は上葉・下葉の2つに分かれています。
肺がん手術で標準治療とされているのは、この肺葉単位で切除する「肺葉切除術」です。つまり右の肺の上葉に腫瘍があれば、上葉だけを切除することになります。
加えて近年は医療技術の発展もあって、CT画像から「転移しにくい肺がん」を見つけられるようになりました。そのため右肺を10、左肺を8つの「区域」に分けて、がんの場所に応じて1区域、もしくは近くの区域を合わせて切除する「区域切除」が可能になったのです。
さらに、腫瘍のある一部分だけを切り取る「楔状切除」をおこなう施設も出てくるなど、切除範囲の縮小化が進んでいるのです。当院でも、早期がんに対する縮小手術の件数が、徐々に増えています。
切り過ぎで「他病死」に?
では、なぜ切除する範囲を小さくするのでしょう。その理由は、患者さんの体に与える負担を減らすためです。切除範囲が大きいほど、手術直後の肺の機能は低下し、心臓への負担は大きくなります。リハビリ等により1年後には心肺機能は術前近くまで回復しますが、体力のない高齢者や、肺機能や心機能が悪い患者さんには、縮小手術が望ましいと言えるでしょう。もちろん体力のある患者さんでも、転移リスクの少ない小型の肺がんなら縮小手術をするに越したことはありません。
もう一つ、私が区域切除に感じる大きなメリットがあります。それは「他病死」を防げることです。
他病死とは原病(ここでは肺がん)以外の病気で命を落とすことを言います。例えば肺がんでは、肺葉切除をした患者さんが、術後に誤嚥性肺炎などで亡くなる事例が、昔から数多く指摘されています。一方、区域切除で他病死が起こることは少ないことから、臓器の「切り過ぎ」が体に何らかの影響を与えていると考えることはできそうです。
他病死の研究は必要ですが、小さく切ることでそのリスクを下げられるなら、縮小手術の普及に力を入れていくべきでしょう。
早期肺がんに対する区域切除の優位性を明らかにするため、日本、アメリカ、中国の3カ国が研究に取り組んでいます。日本国内では、1300人超の患者さんのご協力で、区域切除の有用性を肺葉切除と比較する臨床試験が行われました。
その結果、5年生存率で比較すると、肺葉切除の「91%」に対して区域切除は「94%」と、3%上回る成績が得られました。対象や手術のやり方に違いはありますが、アメリカの臨床試験の結果でも、同様の傾向を示すエビデンスが出ています。区域切除を含む縮小手術が、小型の肺がんの標準治療の一つと言える時代になってきたのです。
この臨床試験には、国内の50施設が参加しているので、全国のどこに住んでいても縮小手術を受けることができます。ただし、早期がんなら誰でも可能というわけではありません。実際に行うには様々な現場判断が必要となってくるので、興味があれば、まずは主治医に相談してみてください。現時点で縮小手術の対象となるのは腫瘍が2センチ以下で転移リスクが多少はある「早期肺がん」、あるいは3センチ以下で転移リスクが極めて低い「極早期がん」です。2センチ以下でも転移リスクのある肺がんでは、縮小手術の方が局所再発リスクは高いので注意が必要です。
日本の外科手術はクオリティの高さで定評があります。安全かつ正確な縮小手術が、将来的に広く普及していくことを願っています。
抗がん剤の大きな進展
一方の進行がんについても、大きな変化が起こっています。
肺がんにおいて重要な問題は死亡者の多さです。少し前まで、進行がんはどう頑張っても手術で取ることは不可能だとされてきました。多くの肺がんは無症状で進行し、転移するスピードも速い。4期になると他の臓器にがんが転移していて、手術でがんを完全に取り除くことができません。そのため、治療の中心は全身治療である薬物療法でした。
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