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全盲夫婦が“見る”幸せ 秋山千佳
不便だけど不幸じゃない。2人が生きる豊かな日常/文・秋山千佳(ジャーナリスト)
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大阪市内のにぎやかな駅前から、信号を3つ渡った先のファミリー向けマンションに、ある若い夫婦の自宅がある。
「ルイボスティーです。もし苦手だったら残してくださいね」
2022年の暑い季節の昼下がり。夫が出してくれた冷たいお茶で喉を潤しながら、室内を見回した。
リビングは整頓されているが、旅先で撮った2人の写真や、クマやクジラなど色とりどりのぬいぐるみが温もりを添えている。キッチンのIHコンロには磨かれたやかんが、棚には使い込まれた調理用具がきれいに収まっている。
冷蔵庫の扉に白紙のメモが貼られていなければ、若い夫婦2人暮らしのお手本のような家という印象で終わるところだ。が、白紙にはよく見ると凹凸がある。
「点字なんです」と妻が言う。
彼らは夫婦揃って全盲なのだ。
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