【ポスト安倍】岸田文雄・自民党政調会長インタビュー「なぜ国民の不信を招くのか。私には総理に言いたいことがある」
リーダーには「聞く力」、そして「分かりやすい説明」が必要だ。しかし、今の政府にはそれが欠けているのではないか。徹底して国民の立場に立って考えることが求められている。/文・岸田文雄(自民党政調会長)
国民のプラスに
有効な治療法やワクチンの開発が未だ実現していない中で、新型コロナウイルスとの長期戦は避けられない状況になっています。今後の日本経済を考えた時、「V字回復」ではなく、長丁場の「U字回復」を視野に入れないといけない。そうした問題意識の下、私は政調会長として5月21日、第2次補正予算に向けた党の政策提言を取りまとめました。
政府が6日後の27日に閣議決定した第2次補正は、117兆円規模の大型予算です。そこには、かねてから私が主張していた「中小事業者に対する最大600万円の家賃補助」や「雇用調整助成金の拡充」、「企業の資金繰り支援」、「医療提供体制の強化」などが盛り込まれました。いずれも「総合対策」の色合いが濃かった第1次補正予算には入りきらなかった支援メニューです。
岸田氏
4月末に成立した第1次補正と合わせた事業規模は230兆円を超え、GDP(国内総生産)の約4割に上ります。世界最大級の経済対策と言っていい。私は従来から財政規律の重要性を訴えてきましたが、そもそもコロナで日本経済が破壊されてしまっては、健全な財政運営もありえません。いま何より最優先すべきは、国民の雇用と事業と生活を守り、徹底した感染症対策を行うということ。そこに、人・モノ・カネの全てを投入していくのです。
コロナとの闘いは未曾有の国難ですから、予算編成にあたっても、これまでなかったような事態に直面しました。補正予算の組み替えです。
「国民への一律10万円給付」が盛り込まれた第1次補正予算では、一度は私たちが提案した「減収世帯への30万円給付」が閣議決定されました。というのも、自民党では3月から「国民への一律給付」と「困っている人への給付」の両案を議論していましたが、4月初旬に「まずは『困っている人への給付』を優先すべき」と結論づけていたからです。
ところが4月7日に緊急事態宣言が7都府県に発出され、16日にその対象が全国になりました。国民に等しく外出自粛などを要請しなければならない状況になったのです。こうした事態の急変を受け、安倍晋三総理は翌17日、「国民の連帯を重視する」という考えの下、一律10万円給付という決断に踏み切りました。
これは、あくまで総理の決断。その決断を受け、私も政調会長として対応したということです。確かに予算の組み替えは異例のことで、その分支給が遅れたという指摘もあります。ただ事態が急変したわけですから、やむを得ない。むしろ、こうした変化には柔軟に対応していくことで、結果的には国民にもプラスになったのではないか、と思っています。
第1次補正予算は執行の段階に入っていますが、第2次補正予算はまだこれから。今回も様々な対策が盛り込まれました。いち早く国民の手元に届けたいと考えています。
〝岸田プラン〟を政府に提言
政府に欠けている点
しかしながら、自民党の政策責任者として現段階で政府に強く申し上げたい点が2つあります。
1つは「分かりやすい説明」が欠けているという点。第1次補正予算は様々な分野に目配りし、様々な制度を作り上げたこともあり、「全体像が分かりにくい」とたびたび指摘されてきました。中身の濃い対策を講じているにもかかわらず、制度の利便性や存在そのものが国民に十分には伝わりきっていないのです。
「分かりやすい説明」とは何か。使う側の立場に立って制度を説明することです。単に「こういう制度を用意した」と示すだけでは、国民はどこでどう申請すればいいのか、分からない。そこで自民党では、自身の収入や仕事状況に応じ、どの制度をどう利用できるのか、簡単に調べられるアプリなども用意しました。このように、徹底して国民の立場に立って考えることが求められます。
もう1つは「スピード感」が欠けているということ。制度や施策は実際に執行してこそ、初めて国民の手元に届くわけです。ところが、雇用調整助成金や無利子無担保融資などに対応する自治体や金融機関の窓口は今、大変な混乱状態にあります。
もちろん、この緊急事態において、絶対的なマンパワーが足りていないのは百も承知です。そうした中で応援体制をしっかり拡充する。人事異動を凍結し、慣れた人間が現場を回していく。執行権限もできるだけ現場まで下ろしていく。書類など手続きも大幅に簡素化する。政府もあらゆる手段で対策を講じていると思いますが、それでも「スピード感が足りない」という国民の声が届いています。私たちはこうした声に応えていかなくてはなりません。
スピード感という点で言えば、布マスクの全世帯2枚配布も大幅な遅れが出ており、国民の不満に繋がっています。なおかつ、地域によって届いていたりいなかったりするなど「スピード感の格差」も出ている。私もこの布マスクを普段から着用していますが、市販の不織布マスクと比べても機能的に劣っているとは思いません。マスクは「新たな日常」の必需品。一刻も早く国民全員の手元に届けて欲しいと思います。
この「分かりやすい説明」と「スピード感」が不十分であるという2点については、予算委員会の場などでも安倍晋三総理に直接申し上げてきました。今後も厳しくこの2点を訴えていきたいと思います。
よく「政高党低」などと揶揄されますが、そもそも政府と与党は車の両輪です。どちらが強すぎてもバランスが悪い。問題は官邸が強すぎるわけではなく、与党がもっと頑張らなければならないということ。そのように受け止め、私はこの2年余り、政調会長として努力を続けてきました。政府を支えつつも、問題点はしっかり指摘していく。それが私の役割の1つだと考えています。
「日本モデル」の素晴らしさ
感染症対策においても、国民からスピード感が欠けているという指摘が出ています。例えば、PCR検査についても、これまで希望した人が十分に受けられませんでした。当然ながら、検査体制の充実を引き続き図っていかなければなりません。
検査体制が不十分だった背景には、日本がSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)を経験していなかったこともあると思います。こうした感染症を経験していた中国や韓国、台湾は検査体制を拡充していたので、立ち直りも早かった。この点は今後の教訓としていくべきでしょう。
しかしながら、人口あたりの感染者数や死者数を見た場合、日本が非常に少ないのは間違いない。WHO(世界保健機関)も日本の感染防止対策を「日本モデル」と高く評価しました。なぜ日本は成功したのか。
何より大きいのは、国民の理解です。高い衛生観念や優れた医療体制は世界に類を見ないものでした。海外には政府が強制力で国民の私権を制限している国もあります。テレビでは、マスクをせず外出した人を警察官が棒を振りかざして取り締まる他国の様子を報じていました。
翻って日本はと言えば、新型コロナウイルス特措法に基づく緊急事態宣言は強制力を持ちません。あくまで国民の自主性を尊重する建て付けの法律です。諸外国のように強制力を持たせる形に特措法を改正すべきという意見もあるようですが、私は今後も、基本的には「日本モデル」の素晴らしさを維持していくべきだと考えます。
ただ今回、一部で自粛要請に従わず営業を続ける「パチンコ屋問題」が表面化しました。感染防止の観点からだけではなく、「正直者が馬鹿を見る」ことはあってはならないという観点からも、検討や議論の余地はあると思います。
黒川問題への説明を
この先、第2波、第3波の懸念もあるとはいえ、「日本モデル」の成功もあり、感染拡大は一定の収束を迎え、緊急事態宣言も5月25日で解除されました。ところが、各種世論調査によれば、内閣支持率が急落しています。世論調査の浮き沈みには様々な要素が絡んできますし、原因は明確には分かりません。
ただ、言えるのは、検察に関する2つの問題が影を落としていることです。「検察庁法改正案」と「黒川弘務東京高検検事長(当時)の賭け麻雀」。国民には、この2つの問題が密接に関連していると受け止められているのではないでしょうか。
黒川氏
ここから先は
文藝春秋digital
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…