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食や家庭生活は「実験場」に コロナ禍での「コンポスト」|北川真紀

家にいる時間が長くなったコロナ下で、生ゴミを堆肥に変える「コンポスト」をはじめた人たちがいる。とるにたらないものとして見られやすい家事、そして生活。文化人類学を専門として研究を続ける北川真紀さんが、「時間のかかる営み」への考察を綴った。(文・北川真紀/東京大学大学院文化人類学コース博士課程)

【選んだニュース】「WIRED」2021 VOL.40

 コロナ禍で気候変動・自然環境をめぐる議論が高まりを見せている。その大半が個人の生活との直接的な関わりを想像することが難しく思われる中で、「WIRED」4月号は「食」という身近な経験から地球と私たちの身体のつながりを探る力の入った特集だった。その中の短い記事「リジェネラティヴな土と内臓を求めて」で編集長の松島倫明が地質学者デイヴィッド・モントゴメリーに問うたのは「ぼくたちが『食べる』という行為を通じて、地球を再生するにはどうすればいいでしょうか」である。モントゴメリーの応答は、オーガニックなだけではなく、リジェネラティヴかどうか、つまり土を汚染するのではなく、再生させうるかどうかを判断基準にして食材を買うこと、だった。今の日本で、スーパーで手に取った野菜が育った土壌の質を知ることは容易ではない。しかし、彼らが考えようとした土(地球)と内臓(身体)のつながりを生活の中ですんなりと実感できるものがある。生ゴミを堆肥に変えるコンポストだ。

 私にはコロナ禍でコンポストを始めたという友人が都内近郊に何人かいる。ひとりは、マンション暮らしでも抵抗感なく始められるバッグ型のコンポストを、もうひとりは、「B級ホラー映画みたいなんだけど」と笑いながら600匹のシマミミズを購入して「ミミズコンポスト」を始めた。SNSや書籍を通してその存在を知り、興味を持って調べてみると案外情報や経験談も豊富に出てくるのだという。取り組んでみた結果、生ゴミの臭いを気にしなくてよくなり、さらには野菜くず等が分解されていく様子を観察して「自然ってすごいって実感した。放っておくだけで勝手に」と楽しそうであった。

 バッグ型コンポストを導入した友人は、週に一度出していた40リットルの燃えるゴミが、1カ月に一度の頻度となった。分量ごとに決まっているゴミ袋の値段や曜日ごとのゴミの分別の周期ではなく、微生物が分解できる生ゴミのサイズと量、生ゴミが分解されるまでの時間(堆肥化のための熟成には3週間がかかる)へと注意や判断の基準を切り替え、生活それ自体を変えることにつながっている。

 文化人類学を専門として研究を続けている私は、彼女たちの話を聞きながら、生活に「時間をかけて付き合う」という面白さがあることを興味深く思った。「時間をかける」というのは、「コンポストが機能するための時間を経験し、対応すること」と言い換えた方がいいだろうか。単純に自分の時間を捧げるのではなく、放っておく間にも「彼ら」が分解を進めていること、そのリズムを感じ取り、それに合わせて自分の生活習慣をゆるやかに変えていくということだ。

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