宇宙で知った生と死の境界点 野口聡一
スペースXの民間宇宙船に搭乗、宇宙観光の「可能性」と「危険」を語る。/文・野口聡一(宇宙飛行士)
野口氏
「人類が宇宙に行く意味」
イーロン・マスク率いる「スペースX」が開発した“民間宇宙船”「クルードラゴン」に乗って、今年5月2日、約半年ぶりに国際宇宙ステーション(ISS)から地球に帰ってきました。私にとって3度目の宇宙飛行でしたが、帰還時に海に着水するのは初めての経験でした。滑り台からプールに飛び込むくらいの衝撃しかなかったことも驚きましたし、地球は“水の惑星”なのだと改めて実感しました。これまで、2005年の最初のミッションではスペースシャトルに乗って滑走路に着陸、2回目はロシア製のソユーズに搭乗してカザフスタンの草原に着地しました。今回の着水と併せて「3つの異なる方法による地球への帰還」を果たしたとして、ギネス世界記録に認定してもらいました。この飛行でスペースシャトル、ソユーズ、クルードラゴンのすべてに乗った世界で最初の人間にもなりました。巡り合わせとはいえ、人類初となる記録をうちたてることができたのは光栄でした。
私には「人類が宇宙に行く意味」を本質的に追求した“師匠”が3人います。1人目は、今年お亡くなりになった作家の立花隆先生です。立花先生の書いた『宇宙からの帰還』は、私が宇宙を目指す大きなきっかけになった本でした。宇宙体験をした人間の、その内面世界にどんな変容が生まれたかについて徹底的に取材しています。先生はその後に脳死や臨死体験の問題に取り組まれたわけですが、生と死がせめぎ合う場所として宇宙を捉える視点が、今の私にはよく分かります。2人目の“師匠”は、私の上司であり同僚だった宇宙飛行士の毛利衛さんです。毛利さんは、宇宙で感じた、地球そのものが1つの生命体であるという考え方を「ユニバソロジ」と表現しました。宇宙での体験を果敢に言語化しようとした先達だと思っています。
最後の“師匠”は京都大学の木下冨雄名誉教授で、無重力状態が人間にもたらす心理的な影響を研究しておられます。血圧など数字で客観的に分析できることではなく、宇宙空間に人間が適応する過程で、どんな社会的な行動規範が生まれるのかという問題意識を持っている先生です。私も初飛行以来、ずっと「宇宙に行くことで、人は何が変わるのか」を考え続けています。
宇宙から見た地球
地球の圧倒的な美しさ
今回のフライトで、私は今までにない経験をしました。幅約100メートルのISSの端っこまで行って船外活動(EVA)をしたのです。
ISSの端まで行った先に待っているのは、いくらヘッドライトで照らしてみても何も見えない、生命が存在することを許されない“絶対的な闇”です。もちろん頭では、反射するものがそこに存在しなければ、光で照らしても何も見えないということは知識として理解していました。しかし、これまで見たことのない漆黒と対峙したとき、初めて宇宙という虚無の世界に触れたような心地がしました。私は人類の文明が生み出したISSと指先一つで繋がりながら、生と死の境界線ならぬ“境界点”にいたのだと思います。
船外活動中は、常に生と死を意識させられます。作業中に、もしスペースデブリ(宇宙ゴミ)が宇宙服に衝突してしまうと、そこから空気が洩れてしまい、最悪、死に至る可能性があります。苛酷な宇宙空間の中で、私の身を守ってくれる、リュックのような「生命維持装置」にも限界があります。酸素ボンベやバッテリーの制約で、船外活動ではおよそ6時間程度の限られた生命しか保障されていないんです。
船外活動中は「自分の命はあと数時間しかないんだ」と、常に意識しながら作業することになる。じつに即物的な“数字”で、自分の限られた生命を認識するわけですね。でも、本当は、私たちの人生にも、地球という惑星にも、いつか終わりはやってきます。500年も生きる人間はいませんし、地球も数10億年後には生命が存在できない環境になってしまうかもしれない。宇宙に行って、自分の命の残り時間は4時間と言われると、この限りある生を強烈に意識しますよね。その点で、宇宙での船外活動は限りある生命を理解できる究極の環境ではないかと思います。
その一方、ISSの船外に出て、何物にも遮られることなく対峙した地球の圧倒的な美しさは筆舌に尽くしがたいものです。地球それ自体がまるで生き物のように眩しく、輝いている。その重力に引かれて宙空を漂いながら眺める地球は、ISSの中からとは全く違う距離感でそこに輝いているんです。
スマホのような民間宇宙船
今回がクルードラゴンにとって、初の有人による運用飛行だったのですが、その性能にも驚かされました。私は「スペースシャトルは黒電話」だと言ったことがあります。今は“スマホ”です。アナログとデジタルの違いと捉えればわかりやすいと思いますが、スペースシャトルにはおよそ3000個近いスイッチがついていて、それぞれ1つの作業しかできない。たとえば、燃料タンクのバルブを上げる/下げるボタンが1個ずつあるといった具合で、宇宙飛行士は約3000個ものボタンの機能を必死に覚えなくてはいけませんでした。
一方で、クルードラゴンはスマホと同じようにタッチパネルでの操作です。スマホ上では画面一つで電話もできるし、メールの読み書きもできる。ゲームもできれば、映画だって観ることができるでしょう。クルードラゴンは、それと同じです。後からアップグレードして機能を増やすこともできますが、これは3000個のボタンがあらかじめ設計時に決められていたスペースシャトルではあり得なかったことですね。
実は、スペースシャトルやソユーズの設計構造は、1970年代の頃から大きく変わっていませんでした。2011年にスペースシャトルが“引退”して、そこからNASAや米政府が宇宙開発競争を商業化し、加速させた成果が今、結実してきたのだと感じます。クルードラゴンは、巨大な画面に都度、必要な情報と必要な機能をユーザーであるパイロットに分かりやすく示して、「今の状況はこうなっており、選択肢は2つあります。どうしますか?」といった表示を次々と出してくれる。スペースシャトルのように3000個ものボタンの操作を覚える必要がないので、訓練を積んだ宇宙飛行士でなくても、タッチパネルに触るだけで一定の操作が可能です。“民間宇宙旅行時代”の実現には、この技術革新が寄与するところも大きいと思います。
私が3回目の宇宙飛行を終えて地球に帰還したのが、今年の5月でした。それからわずか4カ月後に、修理・点検・改修を終えたクルードラゴンが今度は“宇宙旅行客”を乗せて、3日間の地球周回旅行に飛び立ちました。これほど短い間隔での同じ機体の再利用は、以前のスペースシャトル時代には考えられなかったことです。搭乗したのは実業家や科学者などの民間人4名で、プロの宇宙飛行士は1人もいませんでした。
スペースXにとって初の民間宇宙旅行事業で、プロジェクトは「インスピレーション4」と名づけられました。「インスピレーション4」の4名は従来の宇宙飛行士の訓練期間と比較すると、ごく短い訓練期間を経て、宇宙へと向かっている。タッチパネルで今起こっていることを理解でき、出てくるコマンドを最低限、選べればいいという割り切りがあった上でですが、昔ほどの訓練なしに宇宙を楽しめるようになったことには十分、意味があると思っています。
10月5日にはロシアの女優と映画監督、そして宇宙飛行士のアントン・シュカプレロフが12日間の映画撮影を行うべく、ISSへとソユーズで向かいました。アントンは2009年にわたしがソユーズ宇宙船に搭乗したときにバックアップとしてサポートしてくれたので今でも仲が良いんです。さらに12月8日には起業家の前澤友作さんと、サポートスタッフが宇宙旅行へと出発します。今、ロシアで何カ月にも及ぶ厳しい訓練を積んでいるようですね。今後、宇宙空間の民間利用はさらに進んでいくでしょう。
宇宙に行くには、やはり8G程度の重力に耐える体は必要になります。ただ、これまでのような難しい操縦の必要がなくなる可能性が高い。前澤さんたちにも経験豊富なプロの宇宙飛行士が同乗しますから、これからの宇宙観光旅行は、同様にプロが1人は搭乗していく形に落ち着くのではないでしょうか。
新型宇宙船「クルードラゴン」
旅行気分で宇宙に?
宇宙船にかかわる作業は、全部プロの宇宙飛行士がやってくれるとなると、大まかに言えば、飛行機に乗って海外に行くのと大差ありません。私たちが普段、飛行機に乗って遠くに行くとき、乗っているのは大半が“旅客”ですよね。つまり、プロのパイロットがコックピットに座っていて、操縦や異常事態への対応を一手に担っており、その他大勢の乗客は後ろで映画を見たり、睡眠を取ったり、お酒を飲んでいるわけです。多くの航空客が“行った先”に仕事や用事があるのと同じように、宇宙観光も到着地であるISSで動画を撮ることや、地球軌道上でイベントをやること自体が目的になっていく。それが未来の民間宇宙旅行のあるべき姿だと感じます。
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