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藤原正彦 思いがけない連環 古風堂々48
文・藤原正彦(作家・数学者)
二十年余り前、私は三鷹に仕事場を借りていた。自宅にも書斎はあったが、うるさい三人息子や、もっとうるさい女房から解放され集中しようと、講義のない週三日ほど、片道三キロ半の道を歩いてこのマンションに通った。ここの掃除をするおばあさんと仲良くなった。私には出身地を聞く癖がある。タクシーの運転手にもよく尋ねるし、デパートなどの店員にもしばしば(可愛いければ必らず)尋ねる。名前はほとんど何の情報ももたらさないが、出身地は多大な情報をもたらすからだ。大学で教えていた頃、四月に新しくついたゼミ生には自己紹介をしてもらっていたが、出身校はすぐ覚えても名前は覚えられず、学生達をよく「掛川西」「川越女子」「山形東」などと呼んでいた。九月頃になって、「そろそろ名前も覚えて下さい」などとよく文句を言われたものだ。
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