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数字の科学 芽殖孤虫の感染例|佐藤健太郎

サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します。

芽殖孤虫の感染例=18例

謎の奇病と呼ばれるものは数多くあるが、芽殖孤虫(がしょくこちゅう)症はその最右翼に数えるべき疾患だろう。体長数ミリ程度の糸状寄生虫が体内で増殖する疾患で、疑い例まで含めても世界でわずか18例しか報告がない。芽殖孤虫は1904年に日本で発見され、出芽分裂して増えることからこの名が与えられた。「孤虫」というのは、成虫が未発見であることを示す。つまりこの虫がどこから来てどのように感染・生育するのか、全くわかっていない。

その増殖ぶりは凄まじいもので、1909年に「動物学雑誌」に報告された論文には「死体の解剖を見るに至り其の数量の大なるに孰(いずれ)も驚かざるものなかりし」「皮膚筋肉結締組織内のみならず内臓諸器管中心臓の腔内を除くの外殆んど犯されざる処なきに至れり」「一刀を切り入るれば切り口よりは無数の虫体押し出さるるを見るなり」(旧字体は新字体に変えるなど一部を書き改めた)と、胸が悪くなるなどという言葉では足りないくらいの描写が並んでいる。あまりに稀少な疾患であるため、確立された治療法はなく、早期発見できたケース以外はほぼ全例が亡くなっている。

その芽殖孤虫に、ついに最新科学のメスが入った。宮崎大学、東京慈恵会医科大学などのグループにより、芽殖孤虫の全ゲノムが解読されたのだ。芽殖孤虫は、マンソン裂頭条虫というよく似た生物の異常個体ではないかとの説も唱えられていたが、遺伝子配列からこの説は完全に否定された。

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