![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/61994740/rectangle_large_type_2_d58dbf2e253da862c2433453efe7ab3d.jpeg?width=1200)
Photo by
05193939__ma
トランクの中|髙樹のぶ子
著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、髙樹のぶ子さん(作家)です。
トランクの中
あと数年で、父が死んで50年になる。
父が旅立つ夜、葉書を書いていたが、宛名は白紙だった。いつもの金釘文字が少し乱れていた。死の数時間前なのは確か。
思い返すとき、娘は良い記憶ばかりを収集する一方で、思い出したくない事を、暗いトランクに詰め込む。このトランクを開ければ、とんでもないものが噴出しそうなので、そっと鍵をかけたままにしている。
このトランクの中では、戦争や特攻隊の生残りの負い目や、暑苦しく湿った空気が、淀み動いているのが想像される。
トランクを遠目に眺める娘からすれば、たしかにあの中の父は、苦しみ苛まれている気がするが、本当は結構、カラカラと、サバサバと、あのトランクの中を泳いでいるのかも知れない。
ともかく戦争を知らない娘にとっては、戦争に振り回された父の人生は、良くわからない。ただ想像するばかり。
そして、思い出の断片ばかりが、妙に鮮やかに漂い残っている。
ここから先は
460字
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54742002/profile_a2d1bc9047964b0b316ead227fc29140.png?fit=bounds&format=jpeg&quality=85&width=330)
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju
文藝春秋digital
¥900 / 月
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…