車窓越しのファンレター|島田彩
■島田彩(しまだ・あや)
1987年生まれ。企画や作家活動をおこなう。
2010年関西大学卒業後「HELLOlife」へ。教育や就活分野の企画、デザイン、ファシリテーションなど。2020年6月より独立。司会・ナレーションなど声を使う活動もしばしば。気まぐれで奈良に借りた家が広すぎて、寝室以外を開放中。
Twitter:@c_chan1110
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一番後ろの車両に乗る
自分の家の最寄り駅。改札口に近いのは一番前なのに、私はいつも、一番後ろの車両に乗る。
近鉄電車、奈良線の急行。仕事場の大阪と、自宅の奈良を結ぶ路線。急行は、ちょっと時間をミスると15分以上来ない。そんなときは、駅構内にあるセブンティーンアイスを買って、待つ。
高校生のころ、学校の食堂前にセブンティーンアイスの自販機があり、放課後、よく食べていた。夏場だとすぐ持ち手側が溶けてくるので、土台の周りを舌でくるくるとなめる。アイスの部分が頭でっかちな形になり、崩れそうになる。そこを一気に頬張り、白い棒から、ふしぎな3つの穴が現れる。あの瞬間が好き。
なんでセブンティーンなんだろう。もともと17種類だったのか、17歳のころを思い出せるからなのか。そんなことを考えながら食べ終わる頃に、電車が来るので、乗り込む。
今日は、そんな電車の中で、起きた話を綴ります。
マイナスイオン発生器付き電車
近鉄電車の奈良線に、とてつもなくアニメ声の、女性の車掌さんがいる。行きは時間帯の都合なのか、全く遭遇しないけど、帰りしなの急行電車で、5分の1くらいの確率で出会う。
奈良に引っ越してきた3年前に、はじめて聞いたときは、衝撃的だった。「うそやろ……?」と思うくらい、あまりのアニメ声に、周りをキョロキョロ見渡した。みんな普通にスマホを触ったり、ボーッとしていて、「な、なんでみんな驚いてないの?!」と、私だけが挙動不審になっていた。最初は、可愛らしい声だなあ、くらいに思っていたけれど、その人の電車に当たると、嬉しくなっている自分がいた。
働いていると、やっぱり失敗したり、ツラいこともある。私は本当によく失敗するタイプなので、帰りの電車でよく凹んでいた。
べそべそ泣くこともあった。泣くと、周りから見られることもある。「恋人にフラれたみたいに見えてるかな……」と自意識過剰になり、そうじゃないことをアピールするために、感動系のマンガを鞄に入れておき、カモフラージュに開いていた(本当にマンガで泣いてるときもある)。
とにかく、そんな風に落ち込んでいるとき、その車掌さんに当たると、心が落ち着いた。凹んでなくても、疲れが飛んでいくような綺麗な声だった。電車の車内スピーカーが、マイナスイオン発生器と化していた。
セブンティーンアイス、おかわり
「癒やし」はだんだん「推し」に変わっていく。
友人に語るほどになった。
「布施駅を過ぎた後が最高なのよ。“次はー、いしきりー、石切”って言うんだけど、その人、カ行が舌っ足らずなんよね。いしきりの“き”がたまらなく良いんですよ」
熱弁した日の帰り道に、彼女に当たった。胸がどきどきするほどになっていた。顔をお見受けしたことがなかったから、「顔が見たい」という気持ちになってきた。
どうすれば見れるだろう。アナウンスって、一番後ろの「車掌室」からしてるっけ……いや、最後尾までわざわざ行って見るとかはちょっとあれだわ。あ、車掌さんって、駅のホームを通り過ぎるまで、窓から顔を出してるよな……これだ。今日は降りたら、電車を最後まで見送ってみよう。
最寄り駅に着くまで、どんな人か想像してみた。めちゃくちゃベタだけど、黒髪で、肩より少し上で切りそろえたボブヘアー。前髪はぱっつんで、……よかったら眼鏡してていただけると幸いです(あくまで私の好みです)。
声を聞きながら、好きな食べ物とか、入っていた部活とか、カラオケの十八番まで想像して、いよいよ自分ヤバいなとなっているうちに乗り過ごしそうになり、慌てて降りた。そして電車のドアが閉まる。目の前で電車が動き出す。
4両目、5両目、6両目
だんだん速くなって、
7両目、8両目、あ……
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