小説「観月 KANGETSU」#41 麻生幾
第41話
合同捜査(1)
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「なら、なし(なぜ)そげえ気になるんです?」
植野が聞いた。
「警視庁の奴らは、熊坂洋平に、真田和彦んことを聞くために来たんです。ゆえに我々も知っちょく必要がある」
「それにしても、いつ会わせるんです? 課長からも捜査共助からも、はよう便宜図っちやれ、と──」
「分かっています」
植野の言葉を遮った正木が続けた。
「きちんと考えています」
「まっ、なんかなし、警視庁への対応ははよう終わらせち(て)、本件捜査に集中しようじゃねえですか」
苦笑した植野が言った。
「実は、それに関しち重要な動きがありました」
正木は、さっきまでの経緯と、あらたな第1容疑者の名前を告げた。
「それを先に言うちくりい!」
それだけ言うと植野は屋上の出入口へ走って行った。
正木が調べ室に戻ると、熊坂洋平の前に座っていた涼が慌てて立ち上がり、廊下へと連れ出した。
「マズイですよ」
そう口にした涼が困惑の表情を浮かべた。
「何がだ?」
正木は敢えてとぼけてみせた。
「何がっち、警視庁の刑事たちへの対応ですよ。さっき、次長が来られち──」
「ほたっちょけ(ほっとけ)。どうせ熊坂は昼にも帰す。後は、やっこさんたちが勝手にやればいい」
正木が平然と言ってのけた。
「それこそヤバイですよ。署長や植野警部の顔を潰すことになります」
涼が慌てた。
正木は大きく息を吐き出した。
「で、警視庁の奴らはどきおる(どこにいる)?」
正木が訊いた。
「奥の会議室に」
涼が廊下の隅へちらっと視線をやりながら答えた。
「呼んじ(で)来い」
力強く頷いた涼は、正木の考えがよくわかった。
もはや熊坂洋平を、妻殺しの第1容疑者とは考えていないのだ。
涼は会議室へと急いで向かった。
警視庁の2人の刑事が近づいて来たのを正木は背筋を伸ばして迎えた。
「立ち会わせて頂きます。よろしいですね?」
正木が言った。
「こちらは構いません」
警視庁の萩原は即答した。
後ろからついてきた砂川に目配せした萩原は、調べ室のドアを開けた。
熊坂洋平の前に座ったのは萩原で、砂川はその傍らに立って見下ろす格好となった。
正木と涼は、ドアの近くで仁王立ちして様子を見守った。
涼は極度の緊張状態の中にあった。
警視庁の刑事たちはどのような情報を持ってきたのか、そのことに大いに期待したし、身構えてもいた。
「警視庁の萩原警部です。よろしく」
萩原は、熊坂に向かって右手を差し出した。
目を彷徨わせるだけで熊坂は手を伸ばさなかった。
右手を引っ込めた萩原は、表情ひとつ変えずに熊坂を見据えた。
「今回、大分県警さんのご厚意により、私たちがあなたから、参考人としてお聞きしたいことがあります」
そう言った萩原は、上着の内ポケットから一枚の写真を取りだして熊坂の前にそっと置いた。
「真田和彦さん。2日前、東京で殺されたことはご存じですね?」
萩原が投げかけた言葉に、熊坂は何の反応も示さなかった。
だが萩原は躊躇せず、その質問を投げかけた。
「真田さんが亡くなる前の3週間の間、彼はあなたの店に頻繁に電話をかけています。特に、あなたの奥さんが殺された直後からはさらに頻度を増して、しかも長時間──」
言葉を止めた萩原は、熊坂を観察するような雰囲気で見つめた。
驚愕の表情を浮かべた涼は、大きく口を開けて正木へ目をやった。
熊坂の、妻殺しの容疑はもはや晴れたと言って良かったが、予想外の展開を見せ始めたからだ。
(続く)
★第42話を読む。
■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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